泡沫の恋 前編
同じ頃、静雄はセルティと会っていた。
仕事帰り、臨也が来ていると言うので新羅のマンションに向っていたら、セルティも帰るところだったようで、偶然一緒になった。
後ろに乗るか、と言ってくれたのだが、たまにはゆっくり話したかったので、それを断った。
セルティもそれを承諾して、隣でバイクを押しながら歩いている。
「悪い」
『気にするな』
バイクを押しながらPDAを打つという技はきっとこの親友にしかできないだろうな、と静雄は思った。
普通の人間には腕以外の『何か』はないし、バイクも意志を持って動いたりはしない。
セルティは自分でバイクを押している風を装いながら、不自然じゃない程度にPDAを操りながら、静雄との会話を楽しんだ。
静雄と会話を交わしながら、変わったな、とセルティは思う。
静雄は、変わった。
それが良いのか悪いのか、セルティにはわからなかったが、人間は変わる生き物なのだな、と思った。
そうして、変わらない自分を少しだけさみしく思う。それでも新羅はそばにいてくれるだろうけれど、とも思った。
それから、静雄にそれを伝えた。
『変わったな』
「・・・そうか?」
『うん。穏やかになった』
「そうかな」
煙草をくわえながら、静雄はかすかに笑った。
ああ、そうか。笑顔が増えたのだ。
喜怒哀楽が激しいように見えるこの友人は、実のところ怒りの感情以外のふり幅はそんなにない。
怒っているか、黙っているか。そのどちらかがほとんどだった。
馬鹿笑いすることも少ないし、激しく泣くことも、弾けてはしゃぐこともない。
けれど今は楽しそうに笑っている。
良かった、とセルティは心から思う。
この、人とは異なる力を持っているがゆえに人とふれあうことを恐れていた青年が、いつの間にか人の輪の中で笑えるようになった。
まあ、自分は人ではないからカウントには入らないけど、とセルティは少し笑った。
静雄が高校生のころから友人づきあいをしているので、セルティにとって静雄は弟とかそういう感覚に近い。かなり年下だし。
その彼が幸せになるのならば、それがどのような犠牲の上に成り立つものであっても、セルティとしては支持してあげたいと思う。
それに、とセルティは思う。あの男から言葉を取り上げたほうが世の中のためになるんじゃないのか。
その男も、今は穏やかに落ち着いている。仕事も少しずつ違う側面にシフトしていっているようだ。
すべてがうまく回っている。このままそれが続けばいいのに。
セルティは心の中でそう呟き、それから隣を歩く静雄に問いかけた。
『幸せか?』
「・・・セルティは」
『私か?』
逆に聞き返されてセルティは戸惑う。
そうだな、と前置きしてからPDAに言葉を打ち込む。
それを見せると静雄は微笑んだ。
「俺も同じだ」
それから照れたのかセルティから視線をそらした。
よく見れば頬が少し赤くなっている。
好きだと思う相手とともにいられて幸せでないと言ったらウソになるな。
セルティが紡いだ言葉に同意して見せた静雄。
幸せなのか、良かった。
こちらを見ない静雄の背中にそう心で語りかけて、それから。
セルティは、何か見えない不安のようなものを少しだけ感じた。
綺麗すぎる、と思ったのだ。
今の静雄は、透明で綺麗すぎる。
幸せそうで良かった、と思う反面、少しだけ怖くなる。
まるでこのまま消えてしまいそうな。儚い。
杞憂であればいい、と。
この人外の女性はその言葉を胸の内に隠した。