ファーストネイション(北米兄弟)
「だっろー? 俺(の植民地)が用意するメシには、美味いものだってあるんだぜー?」
「これ、メープルシロップをかければ、もっとおいしくなると思います!」
「それはない。」
と即座に突っ込むイギリスに、アメリカはきょとんとした顔を向ける。
「君が即座に否定するなんて、“メープル”ってのは、……マーマイト以上なのかい?」
「「ちょ、どういう意味だよ」コラァ!!」
アメリカの言葉にカナダとイギリスは突っ込みを入れる。そして二人は顔を見合わせると、お互い気まずそうにそっぽを向いた。
その二人の様子にアメリカは、自分の味覚は正しいんだと、一人元気に大笑いをする。
カナダは気を取り直して、目の前のビフテキにフォークを伸ばす。“メープルの甘みがあれば完璧なのに”と思うが、それでもこの焼いた肉自身の甘みは、確かにおいしいものだった。
「イギリスさん、おかわりいいですか?」
「お、いいぞいいぞ! どんどん食べろよ!」
イギリスは機嫌を治し、自ら肉切り包丁を持つと、横たわるバッファローを切り分け、赤く焼けた金網の上のどんどん乗せだした。
「ただいまー、クマ二郎さん。」
「オカエリ、かなだ。クサっ!!」
とててとカナダの元に駆け寄った小グマは、その出かけた時とは違うカナダの体臭に、思わず横へと転げてしまう。
「オ前……本当ニかなだカ!?」
「何言ってるのさ、クマ二郎さん。僕はカナダじゃないか。」
小グマを抱き上げるが、子グマはカナダの顔に前足を着き、少しでも鼻を遠ざけようとする。
「もう!」
諦めて小グマを放せば、それは四足でとたとたと逃げる。
「そ、そんなに臭い?」
少しショックを受けて、くんくんと袖口の匂いを嗅ぐ。そこからは、昼に食べた、焼いた肉の匂いがする。
「俺ノ知ルかなだハ、さとうかえでノ匂イガスル奴ダ!」
「そっかぁ、じゃあ今の僕は、キミの知らないカナダになっちゃってるねぇ。」
“シャワー浴びてこなくちゃ。”と告げるカナダに、また小グマは疑問を投げる。
「しゃわー? 川デ水浴ビ、ジャナイノカ?」
「んー、イギリスさんがそれは止めなさいって。」
その言葉に小グマは首を大きく傾げる。
「……ヤッパリオ前、誰ナンダ?」
「カナダだよ。……もう、今回のシャワーは僕一人で浴びるけど、次からはクマ二郎さんも一緒だからね。」
カナダは着ている服ごとシャワールームに向かい、そのまっま頭から温かいお湯を浴び始めた。
「いただきまーす。」
小グマとの食事。用意されたのは、サーモンにサラダ、小麦から作られたパンだ。
「マシュー、めーぷるヲ取ッテクレ。」
「はい。」
小グマはそれをとろとろとサーモンにかけ始める。
「……やっぱりメープルは、何にでも合う万能調味料だよねぇ。」
「当然ダロ。」
小グマの言葉にカナダはほっとして、自分のサーモンにもメープルをとろとろとろとかける。
「今日はねぇ、イギリスさんだけでなく、僕とすっごい顔が似てる、“アメリカ”って子に会ったんだよー。」
子グマはメープルたっぷりのサーモンを、パンにはさみながら、もしゃもしゃと頷き食べる。
「“アメリカ”は僕とおんなじくらいの子供でさぁ、地続きの、同じ大地なんだって〜。知らなかったなぁ、この大地に、僕以外の人の形がいたなんて!」
「恐ラクソイツハ、」と、子グマはメープルシロップを空いた皿に垂らし、この大地の形をそこに作る。そしてその真ん中よりやや上を、ナイフで真横に分断した。
「ココカラコッチノ下ノ、人ノ形ダナ。コノ山脈ノ半分、コッチノ五ツノ湖モ、半分ガ、ソイツダ。」
「へぇ〜、そうだったんだぁ。流石はクマ二郎さん、物知りだねぇ。伊達に僕より生きてないね。」
子グマは“当然ダ”と胸を反らす。あの送りの儀式、“イヨマンテ”以来、この子グマの中には、母熊から譲り受けた、この大陸の四足の全ての生き物の記憶が詰っている。(……その進化の延線上に人の形であるマシューが存るので、マシューはそれ以上の記憶を保持しているのだが、“人の形”を保持する為に、その記憶にはリミッターが掛けられている。)
「どうして僕とあの子、アメリカとは、別個(べっこ)の人の形なのかな。」
「コッチハ雪深イ大地ダカラナ。ソノ分冬モ長イ。ソノ長イ間ヲ眠ルオ前ト、ソンナニ雪ガ降ラズ、ズット活動スルソイツトで、少シズツ分カタレタンダロウ。」
“ソイツノ方ガ、ソノ活動分、大人ナハズダゾ。”と続く子グマの言葉に、カナダはそうなんだぁ、と感心する。
「今度アメリカと会う事があったら、僕とどんな所が違うか観察してみようっと。うん、向こう側がどんなだかも聞きたいなぁ。」
カナダはメープルシロップをとろとろと垂らしながら、それでべたべたのサーモンを、美味しそうにぱくつきだした。
どんどん! と荒っぽいノックの音。この大陸“カナダ”で人の形を持つ物は、依然マシューだけだ。訪問者は動物かスピリットしかいないが、そのどちらも“ノック”なんて人間の作法は持ち合わせていない。マシューの思い当る最近の訪問者は“イギリス”だけだが、イギリスはもっと丁寧にノックをする……。
マシューは足の裏に神経を集中して、その扉の向こうの人物を、どのようなルートでこの家に辿りついたのか、からを探る。マシューは人の形を保ちだしているが、その本体は当然“カナダ”だ。本体である大地の事ならば、足裏を通して様相を探る事ができる。だがその扉の向こうの人物は、どんなに探っても、自分の知る生き物ではなかった。
マシューは一息着くと、歩いて玄関へと向かった。
「……誰ですか?」
こわごわとドアを開ければ、がっと足を差し入れられる。カナダは驚いてドアを閉めようとしたが、それ以上の力でドアはバーンと開けられてしまった。
ドアは180度に勢い良く開き、外壁にそのドアノブをガンとぶつけ、反動で緩く跳ね返り、まだびぃんと揺れている……。
「不用心なんだぞ、カナダ。もうこっちの大陸も新しい息吹が入りこんでいるんだから、そんな簡単にドアを開けるのはどうかと思うよ!」
「……アメリカ。」
扉が薄く閉まり、その陰が目の前の小さな子供、アメリカに掛かる。そこにいるのは確かに自分と同じに小さな子供だったが、イギリスと共に居た時とは、少し顔つきが違っていた。
にこりとした、大きな物を識(し)る、そしてそれを隠す大人びた表情。それは今の怪力と合わせて、大人の兆しを見せる大陸の表情だった。
「キミ、地続きで探ってきたろう? ダメだなぁ、大気も使っても調べないと。」
アメリカは我が家のようにカナダの家にとすとすと入りこむと、カナダが行っていたそれを言い当てる。しかしカナダはそれに驚く事なく、むしろその“大気”のほうに興味が湧いた。
それってどうやるんだい、という質問に、アメリカはそのぴょんと立った分け目の所のひと房の前髪をぴるぴると細かく揺らして示す。
「ほら、キミにもあるこれだよ。」
アメリカは不躾にそのカナダのくるんとした細い毛を掴んだ。
「ひゃう!」
カナダはびくりと身体を震わせて嘶く。思いがけない強い反応にアメリカはびくりと手を離した。
「……驚いた、キミはまだ完全な人の形じゃないんだな。」
作品名:ファーストネイション(北米兄弟) 作家名:一天