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ファーストネイション(北米兄弟)

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「そう。実は、食べる事を許されているのは、この生き物だけさ。カナダ、自分の味覚は大事にしないといけないよ。おいしいと感じるものは、体が必要とするもの、許されているものだ。少しでも違和感を感じるものは、いくらおいしくても、口にしてはいけない。……昼間は、イギリスと一緒にバッファローを食べてしまったけどね。」
 アメリカの言葉に、入り口に座っていた聖牛は首を一つ振る。その動きは“しょうがねぇからなぁ、アルフレッド”と言っている。
「アルフレッド?」
「あぁ、この姿の僕の名前さ。僕にも自我が生まれだしたからね。」
 キミにも当然、“名前”があるんだろう。と聞かれ、カナダはこくりと頷く。
「僕の“名前”は、マシュー。マシュー・ウィリアムズ。」
 こっちはクマ二郎さんだよ。といえば、“アル”はうんと首を上げる。
「いい名前だね、イギリスでもフランスでもない、キミ独自のいい音の響きだ。」
「フランスさんを知っているの!?」
 その勢いにアメリカは軽く首をすくめたが、直ぐにパイプをくゆらせて、当然さって顔を作る。
「昼間キミんちに行った時、大地と大気が教えてくれた。」
 アルはまたそのぴよんとした毛を得意げに揺らす。
「キミんち、不思議な建物があるね。人の形が創ったものなのに、キミんちでは、その建物がうまく大地と空と、“炎”に作用してる。それは、フランスの残したものだな。」
 マシューはうんうんと強く頷く。
「それまで、キミんとこでは炎がいたるところにくゆっていた。それはイイヤツも悪いヤツもごっちゃで未曾有だったけど、今はその建物のお陰で、それは天と地とに還ってる。それがすごく、キミとキミの大地にいい影響を及ぼし始めてる。君んとこは、もっと、一層の繁栄を見せるだろう。……けど、俺んトコはこの後、ちょっとダメになる。」
「ど、どうしてだい!?」
 まだ同じ子供であるはずのアルは、全てを知った、達観したような、うんと大人の顔をそこに浮かべる。
「人の形を取るようになってから俺は、今日のような場を設け、独自に彼らを鎮めておくっていた。けれど、イギリスは野蛮だから禁止しろって言うんだ。」
「野蛮……。」
 あの建物を造る前に言われた、フランスからの“そんな野蛮な儀式、俺は認めない”の言葉を思い出す。
 で、でも、話せばわかってくれるかもよ!? と言うマシューの言葉に、アルはパイプを口からはなし、首をゆっくりと横に振る。そしてそのパイプを、マシューに吸うように向けた。
 マシューはアルを見ながら、恐る恐るそのパイプを口にし、ゆっくりと吸い込んだ。
 えも言われぬ大きく強いものが、胸のうちに大きく入り込み、小さなマシューの身体は内側全体に、大きく膨らみ拡がった。その一瞬、マシューは様々な映像を見た。
 人の形同士の駆逐、争い、売買、疫病、桎梏、奴隷制度。
 あまりの映像に耐える事ができず、マシューは吐きだすようにパイプを落とす。パイプは、走り寄った別のトカゲ、バジリスクがその背でキャッチした。盛大に咳き込むマシューの背を、アルは何度も優しく撫でた。アルはパイプをバジリスクから受け取ると、再びそれをくわえ、煙をくゆらせた。
「これは、“ビジョンクエスト”。パイプが見せたのは、現時点の現在から予想された未来だ。俺はこのビジョンクエストで先を読み、現実で行動を起こし、その未来を良い物へと変えてきた。そう、未来は刻々と変わる、変える事ができるんだ。……そしてこの映像は、あのイギリス人が来る少し前から現れ始めた。」
 そして又あの表情。マシューは、同じ“子供”のアルが、どうしてそのような表情を作るようになったのかを理解した。
 マシューはまだがたがたと震えている。アルはそっと彼の真隣に座ると、その肩を寄せ合った。マシューは顔をあげて、間近に迫る、“兄弟”の顔を見る。その顔は、あの自信のある、ほのかな笑顔になっていた。
「……変えられるんだよね。」
「俺はこれを、やってのける。」
 アルはこの場所に集まった形あるものたちへと、ゆっくりと視線を向けていく。
「今居るこの生き物達は、1/100に減るだろう。けど、1/100は残るんだ。そう、ちょっとはダメになるけど、全部ダメになるわけじゃない。ここにいる生き物の一種、一対さえ残れば、また殖えることができる。そう、たった一つがいが生き残れば、またこのように、生き、殖えることができるんだ。
 マシュー、“進化”というものを知ってるかい?」
 アルの言葉に、マシューは小さく、”感覚でしか。“と返事をする。
「上等だ。」
 アルは地にいたバジリスクを右ひざに乗せると、その小さな頭を指先で撫でる。
「こっちのバジリスクと、肩に乗るサラマンダーは、どちらも形はトカゲだけど、別種だ。最初に俺は、それぞれが望む形を持ってかの方から分かたれた、と言ったが、これらは、その分かたれた形から、それぞれが“進化”を遂げたものだ。」
 アルの言葉にマシューも又、周りの獣たちに視線を向ける。隣合うコンドルとウサギがおとなしく座りあうのも、そうだからだろうか?
「トカゲの形から、一つはバジリスクになり、一つはサラマンダーになった。そしてそこにいるワニも又、元はトカゲの形から“進化”したものだ。最初の形“トカゲ”が、この大地の雨雪嵐を生き延び、また一方で熱風や冷風を耐え続け、そうして自分だけの今の形を獲得した。」
 アルは口から細い煙を一つ吐く。そしてにっと、ここでは初めての、子供らしい笑顔を見せる。
「今僕たちの背後にあり、僕たちが見る事ができる“かの方”。……この姿は、君が理解しやすいように、僕が作ったものだけど、その“本統”の姿は、キミも識っているものだ。何故なら“かの方”というのは、僕達がヒトの形を成す前の、無形状態だったもの、だからだ。」
 その言葉にマシューはごくりと唾を飲んだ。
 マシューは自分以外の人の形は、フランスとイギリスしか知らなかった。そして彼らは、そんな自分の元の形など、まるで違うというような振る舞いでマシューに接し、マシューも又自分の根源を、遠い昔に見た夢ではないかと思い始めていたからだった。
 ――アルは、自分の元を忘れていない。いないのに、あんな大人のような顔つきをする。
 “むしろ忘れていないから?”とマシューが思っていると、アルは手とパイプを動物たちへと大きく広げる。その動きに連動するように、動物達の首は動き、……その顔は同じように笑っているように見える。
「僕達が先にかの方から分かたれたのに、実際に形を持ったのは、彼ら動物たちより、うんと後だ。それは君もそうだね?」
 マシューはこくりと一つ頷く。
「その理由は、俺達のこの“ヒトの形”は、彼らの生き抜いた、進化のその粋、結晶だからだ。」
 アルはまた、あの大人の顔つきで、ニッと、マシューに笑いかけた。マシューはちょっと驚いたけど、不安は全くなくなっていた。
 アルはこんと、パイプを逆さにして、中身を地に落とす。そして皿の一つを取ると、それをパイプの中にいれた。サラマンダーが素早く腕におり、その中に火の尻尾を差し入れる。