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ファーストネイション(北米兄弟)

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「さっきは“一つがい”って言ったけど、極論を言えば、俺さえいれば、何度だってやり直せる。何故なら、俺は彼らの結晶で、俺の中に彼らの全てがあり、俺がその意思を持つからだ。
 俺がそれを望み、この俺がそれを遂行させる。俺にはその力、彼らの源が息づいているからな。」
 アルは自信満々に言い切った後、すっとパイプを吸って、その中を赤々と燃やし始めた。あたりに、ほのかに甘い匂いが漂う。
 マシューは彼をじっと見つめる。アルの青い瞳に、マシューの紫の瞳が映る。
「なぁ、不思議だとは思わないかい? あんなに嫌なイギリスも、俺は知らないが恐らくフランスも、そしてキミ、マシューも、皆ここにいる動物とは違う体つき、“ヒト”という、全く新しい形をしている。君と僕が似た形なのは、大陸が続いているからだとしても、どうして海を挟んだあのイギリスとフランスとまでもが、俺達と同じ、“ヒトの形”になったんだろうね?」
 マシューはじっとアルの瞳を、アルの言葉を待ち続ける。アルは再びにっと笑うと。マシューの小さな口に、持っていたパイプをついと差し込んだ。
 マシューは息を飲み、パイプからの映像に心を備えたが、今流れ出した映像は、先ほどとは全く違った映像だった。そこには、見た事も無い乗り物と、ちかちかと瞬く何かに溢れ、大きな大地は仕切られて、四角い建物できっちりと立ち並ぶ。そしてそこには、人の形が、溢れんばかりに闊歩していた。
「おっと、彼らもちゃんといるんだぞ、と。」
 アルはマシューのくわえるパイプを浅めにする。すると、マシューの目は大きくなり、やがてキラキラと輝きだす。
 その反応にアルは満足すると、すっとパイプを引き抜いて、再び自分がくわえはじめた。
「その顔、見えたようだね。動物達の中に、俺と……。」
 マシューはこくこくと、必死に嬉しげに頷く。
 見えた映像は、抜けるような高い広がる青空の下、連なる赤い山々の上空を、コンドルが勇ましく旋回し、その一峰に、アルと、他の大地のヒトの形が、喜びを分かち合う姿があった。
「……確かにアイツの事はキライだけど、アイツが言う所の、“そこまでキライじゃない”んだぞっと。」
 アルは又煙をくゆらすと、天の星々へとその煙を捧げるように吐く。
「先に見たあの“文明”は、キミがフランスから貰ったように、俺が彼から譲り受け、俺が独自に進めて起こるものなんだ。そして後に見たあの未来に到達するには、その“ちょっとダメ”が必要なんだ。それはこの大地が乗り越えるべき課題で、それを超えることで、あの未来が訪れる。そう、俺はすごい勢いで大人になれる。」
 アルはじっとマシューを見つめる。
「マシュー。俺と一緒に、大人にならないか?」
 予想していなかった突然の言葉に、マシューは驚き瞬きをする。
「昼間キミんトコに行く前、このパイプで君んトコの未来を見ようとしたんだけど、あの建物のお陰というかせいというべきか、見えなかったんだ。」
 アルはずいとマシューに顔を近づける。
「ねぇマシュー。俺とキミは一つの大陸なのに、二つに分かれてしまったのはおかしい事だと思わないかい? けど幸か不幸か、今の俺達の保護者は同じイギリスで、そのイギリスは、俺達を一緒に育てようとしている。キミも見ただろう? 俺んトコの苦難と、その先の繁栄を。もしもあれを二人で乗り越えられたら、二人で大人になる事ができたら、あの繁栄は、いよいよ鮮やで力強いものになると思わないかい?」
「ちょ、ちょっと待ってよ。」
 アルの強引な申し出と勢いに、マシューはアルから身を離す。
 それでもその胸を透いたのは、心が細まった、アメリカのちょっとダメ、の光景だ。
「……僕ん所も、あぁなっちゃうって、キミは言うのかい?」
「可能性は高い。イギリスが宗主国になったからね。」
 “保護者”と違うその言葉の意味を、マシューは先ほどのパイプからも知った。先の“宗主国”だったフランスは、マシューに、カナダに対し、一切の悪政も悪法も敷きはしなかった。(最も、そんな時間が無かったとも言えるが。)だが、イギリスのアメリカに対するアレは、明らかな――。
「マシュー、最後に見たあの喜ばしい映像は、僕が大人になり、彼に打ち勝ったからこその、現れた映像だ。俺は自分の先を見ると同時に、キミの先も探ってみた。けれど先に話した通り、それは全く見えなかった。そして、俺のあの輝かしい繁栄の中にもだ。恐らく、キミの未来はまだ不確定で、幾百通り、幾万通りもあるからだろう。」
 マシューが離れた距離分、アルはまたずいと距離を詰める。
「マシュー、一緒に大人にならないか? 出会う前からキミの存在は、地の繋がりを通して、足裏越しに感じていた。キミも俺んとこと同じように、自分の大地での独自の儀式を行っていた。キミの様式は俺とずっと近い。だから、一緒に成長しないか? そう、成長の儀式を……。」
 アルはマシューからすっと身体を離すと、傍にあった黒い塊の乗った皿を持ち、肩のサラマンダーに尻尾の先をその塊に擦らせる。するとそこからは、透明なゆらぐ何かが立ち上る。
 アルはそれをパイプの先ですくい取り、中へと入れると、それを一口、深々と吸った。
「この黒い塊は、さっきの燃える水よりも、一層純度の高いもの……大地の心臓の一欠けらと言ってもいい。これは、この大地に生まれたすべての動植物の結晶だ。そう、かの方がまだ残る、彼らの始祖も含めてのね。だからかの方のような、“ゆらぎ”がこうして現れる。これは炎のようにも見えるだろう? そう、君の大地で、あの建物ができる前に、いたるところでくゆっていた、“炎”に」
 アルはそのパイプを深々と吸い込む。そのパイプの先からは、大きな空気のゆらぎが生まれ、彼の口から出るものも、煙ではなく、ゆらぎだった。
 パイプから現れるゆらぎには、大小さまざまな煌めきがちらちらと瞬いている。それは彼が語った、彼の大地に生きた全ての生命の瞬きなのだろう。そのゆらぎが昇る先、天を見れば、夜空に星の河が昇るようだ。
「さぁ、マシュー。」
 アルはパイプをマシューへと手向ける。パイプはアルの口から離れても尚ゆらぎを大きくし、その幾百もの煌めきを伴い天へと昇る。マシューはその煌めきを包括する大いなるゆらぎに惹かれて、そのパイプへと手を伸ばした。
 胸に抱かれる子グマははらはらとマシューを仰ぎ見る。子グマにさえも、これがマシューにどのような影響をもたらすか、全くわからないものだった。
「……。」
 マシューは無言のまま、その大いなるゆらぎを腹の底から大きく吸い込んだ。自分の身体中に、その幾百、幾万もの煌めきが入り込み、溢れ、瞬きと共に大きく広がらんとするのを感じる。
 ――この感じ……。旧い命と新しい命が僕の中に広がって……生まれだしてる……。
 一息吸い込み体内に取り込む度に、自分を形作る光球と接触し、パチっと新たな光がそこから生まれる。その光はアメリカのものでもカナダのものでもない、まったく新しい輝きと強さを持ったものだった。その光はマシューを構成する光球を新たに照らすだけでなく、いましがた飲み込み広がる煌めきも、新たな命として輝かせる。