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ファーストネイション(北米兄弟)

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 叩くその面は真空になり、アメリカの履いていたズボンはぴりぴりと切れていく。しかもパシィン!という平手音は衝撃波となって、周りの岩壁へと迸り、その巌をぼろぼろと崩す。
『ま、ましゅー! ましゅー!』
 クマ二郎は自分の毛先がちりちりと千切れていくのを感じながら、カナダを庇って叫び続ける。
「……ん?」
 パシィン! と天空をも震わせるような一際強い衝撃波の後、それらがぴたりと止んだ。ぼとりと、アメリカが膝から落ちる鈍い音。
「……そういや、カナダもいたんだっけかぁ?」
 ゆらりとイギリスは立ち上がる。アメリカは真っ赤で血がうっすら滲む尻を晒し、頭を抱えながら“うっうっ”と鳴き声を漏らしている。
『ま、ましゅー!』
 クマ二郎はカナダの名前を叫んだけれど、身の安全を第一にして、カナダから離れて、入り口の壁へと隠れた。はらはらと顔だけだして、その光景を見守る。
 イギリスはひょいとカナダの襟首を掴み持ち上げた。カナダは最悪のタイミングで、イギリスの顔へとゲップを吹きかけた……!
「……えへへぇ、僕んナカ、もう入んない〜。」
「……。……ハハ、そうか〜。」
 二人の様子は、顔だけ見るなら、にっこりとした穏やかな光景だ。だがそれは、イギリスが再び片膝を着き、そこにマシューを乗せて、その右手を振り上げた事ですぐに終わった。
 マシューの口からは、ピィ――! という周波数の高い高音が迸る。
「お前だけは! テーブルマナーが! 完璧だと! 思っていたのにっ!」
 パシィィン! と、アメリカ以上の快音がカナダの尻から迸る。振り上げる手も指の先まできちっと伸びた完璧なもので、その指先は、天上に一際強く輝く大きな星を指し示す。
 カナダの口から迸る高音に、げろりとする嫌な嘔吐音が混じりだす。カナダの口からは、粘度の高い白く濁った、けれどきらきらと輝きを持つ、胃液ともつかない唾液が垂れ流れ始める。
「これは! お前の! 為に! いや、お前の為じゃねぇ! ひっぱたく俺だって! 痛いんだから! 勘違いすんなよぉ!?」
 どこに照れる要素があるのか全くわからないが、紳士はそれも含めて顔を赤くする。
『ま、ましゅー……。』
 自分だけ無事に退避し、岩陰からそっと覗くクマ二郎が見たものは、中々阿鼻叫喚の光景だった。
 いい年こいた大人が、酒臭い息を撒き散らせながら、サロンエプロン一丁姿で、幼児に向かって全力の尻叩き。幼児の一人は腫れて二割膨らんだ赤い尻を晒し、うっうといまだに泣き続け、もう一人は口からきらきらとした粘液室の唾液を垂れ零しながら、……その顔は土気色になりだしている。
 ――……モシカスルト、喫ンデシマッタコノ大地ノ命ヲ、全テ吐キ出セルカモ、知レナイゾ。
 クマ二郎はマシューの体内で起きていた触発を知らず、わずかな安堵を持ってその光景を見つめる。カナダの口から垂れ出る粘液は、とうにイギリスの足元に拡がり、離れたアメリカにまで及ぼうとしている。そしてその液体自身は、衝撃波に表面をぶるぶると振るわせつつも、仄かに湯気を産みながら、少しでも孕む光の粒を地と空へと還ろうとしていた。
「……うう、させない、させないんだぞ。」
 丸くなっていたアメリカは、酷い痛みからわんわんと鳴る耳鳴りと、カナダの尻から迸る衝撃波をなんとかこらえながら、視線を走らせパイプの在り処を探る。しかしそれはイギリスの足元にあり、カナダの吐いた粘液質の中だ。生まれていた湯気は、徐々に衝撃波に刻まれ、消滅しだしている。その光景にアメリカは一つ舌打ちをし、火さえあれば、と呟くと、壁際へと少しずつ這いながら避難する。そして湯気の吹き出ていた壁際は大地との隙間に手を差し込んだ。
「これじゃない、あれでもない……。」
 パシィィン! という一際強い衝撃波の後、ようやくそれは止まった。その勢いに、アメリカの身体はどんと壁際に寄せられたが、腕はより深く隙間に入り込めた。アメリカはにやりと静かに笑う。
 一方全てを吐き出したカナダは、何度も咳き込み、ただげぇげぇと音だけを吐いていた。
「……わぁったかぁ! パイプなんて大人のもん喫んだら、こうだからな! 別に呼ばれなかったこんな事をしてるわけじゃないんだからな!!」
「あったんだぞ!」
 アメリカは、指先に触れたつるりとした、小さな丸い植物の感触に喜ぶ。
「これさえあればっ……!」
 アメリカは力強くそれを握り締め、一気に腕を引き抜いた。が、握り締めているためにつかえて、手はその隙間から出てこれない。
「ん!? あれ!?」
 アメリカはそれを掴んだまま、よいしょ、よいしょと、手を強く引く。その度にずん、ずん、と地面にわずかな揺れが響き、アメリカの座る場所は、その隙間を中心に亀裂が入りこむ。
 ぼこぉ! と腕を差し入れていた部分が崩れ割れ、ようやくアメリカは手を引き抜くことができた。
「と、取れたんだぞ!!」
 その手を高々と掲げて喜ぶが、自分に不吉な影が覆いかぶさった。
「……何が取れたんだ?」
 イギリスはそのアメリカの手首を強く掴む。するとアメリカの小さな手ははたと開き、中から小さな、棘のない丸いサボテンが、ぽとりぽとりとアメリカの頭の上に落ちた。
「なんだこりゃ。」
 イギリスはそれを口に運ぶ。
「うわあああ! それはお前が食べるものじゃないんだぞ!!」
 がし、と奥歯で噛み締めたイギリスの顔は、渋苦からの嫌悪に早変わった。
「なんだこりゃ――!!!」
 イギリスはアメリカから手を離し、ぺっぺっとそれを吐き出す。しかしその苦味の中に、脳内を滲ませる味をわずかに感じる。
「こいつは……!」
 イギリスがその正体を知るのと、アメリカが四つんばになりながら再び逃げるのは、同時だった。
 イギリスは俯き、その表情は全く見えない。しかしそこから酒の気配は消えて、顔も真っ赤ではなく、青ざめたものに変わっている。
 唯一といえる腰のエプロンを引き取ると、何故かその姿は、白い肩掛けの、天使のような衣服に変わっていた。しかしその顔は修羅の顔で、そしてその手に持つステッキは、先ほどよりも太く、その先の星型も、先ほどよりも大きいものだ。
「麻薬、ダメ、絶対……!」
「う、うわあああ!!」
 “これはそんな物なんかじゃないんだぞ、薬でっ……!”
 アメリカの言葉をイギリスは聞き入れなかい。そのステッキを持つ手をゆっくりと空へ掲げ挙げると、声無き声、アメリカの脳内にだけ、例の言葉が衝撃となって強く走った。
 “ほあたぁぁぁぁぁぁぁ☆☆☆☆”
 イギリスを中心に、眩い閃光が迸る。それと共に、尻叩きとは比べ物にならない轟音が鳴り響き、一同の耳は瞬間、何の音も捉えられなくなった。
 壁に隠れていたクマ二郎が、マシューのゴーグルを使い見た物は、泣くアメリカ、気絶したカナダ、阿修羅像のようなイギリス、そして崩壊する、この場所だった。