【けいおん!続編】 水の螺旋 (第五章) ・上
「二葉が企て通りの事を起こしてしまえば、それは現実世界にも影響する。そうなってしまえば、いずれはこの世界にも混乱を招きかねない。あんなごく一部の人間のために戦うわけじゃない。もっと多くの人間に、影響を与えかねない問題だからだ」
そう云って、凜は立ち上がった。そして、テーブルに集まっていたメンバーひとりひとりを見渡しながら続けた。
「というワケで、緊急集会のある16日、僕と唯はまた奴の世界へダイブする。君たちはどうする?何もせず、ココでただ指を咥えているか?」
「私たちだって、きっと何か力になれるはずです!」
凜の言葉に、ムギがムッとしたように返した。
「なら、君たちなりにできることを考えておくんだな。もうあまり日はないが。さて、僕は研究室に戻らなきゃいけないから、これで失礼するよ」
「あ、うん…」
歩き出す凜。唯も立ち上がって、凜を玄関まで見送る。そして、凜が出て行った後で玄関の鍵をかけて、リビングに戻ってきた。
「はぁ…」
すると、澪が急にため息をついた。
「どうした、澪?」
律が訊いた。
「いや、私あの人、ちょっと苦手で…」
澪がぽつりと云うと、梓がそれに乗っかってきた。
「そうですよ、腹立ちますよね。あの人を食ったような態度!」
「…まあまあ、そんなに凜くんを嫌わないで」
唯はなだめるように云った。
「凜くんはあんなんだけど、実はとってもいい人だよ。それに、私たち仲間じゃない。仲間って、お互いを理解し合って、助け合うものでしょ?私も凜くんを理解して、助けてあげたいと思う」
ここで唯はあっと云うような表情になり、姫子の方を向いてこう付け加えた。
「あ、別に凜くんに対して特別な感情を持ってるって意味じゃないよ、姫子ちゃん」
いきなり話を振られて、姫子は「えっ」と素っ頓狂な声をあげた。
「いや、そんなこと思ってもなかったけど。というか、別にどっちだって構わないよ。私、彼のことはもう諦めてるし」
澪が苦笑いして、唯に云った。
「まあ、唯にはそれができるかもな。私たちには無理そうだけど」
みんな一斉に笑いだした。唯はふと姫子のほうを見たら、彼女は少し悲しそうにうつむいていた。私が変な話を振ってしまったからだろうか。それとも…。
「さて、私たちが実際にできることは、唯のバックアップだな。私たちが実際にダイブできるわけではないし」
「そうだな。でも、何ができるだろう…?」
澪と律がそんな話を始めた時、唯が手をあげて云った。
「あ、それじゃあ、お願いしたいことがあるんだけど」
「何?私たちにできることなら何でもやるよ」
ムギが唯に続きを促す。
「放課後ティータイムのみんなで演奏をして欲しいの」
「演奏?」
「うん。前に私おかしくなった時、みんなとの演奏を収録したカセットを聴いて、立ち直れたの。きっと、みんなと一緒にバンド組んで、音楽をやっているということが、私がみんなとのつながりを確認するための、大きなアイテムになっているんだと思う」
「つまり、私たちは演奏をすることで、唯を応援すればいいのね」
「そう。できれば、多くの人に演奏を聴いてもらって、共感してもらえるような場所で。多くの人の思いが精神世界に届けば、きっと私の力になってくれるはずだから」
「でも、それにはふたつのハードルがあるわね。ひとつは、私たちが多くの人を共感させられるような演奏をしないといけないということ。もうひとつは、そんな多くの人に聴いてもらえるような場所をどうやって確保するのかということ」
「そうだな。演奏に関しては単に私たちの問題だけど、場所の確保は結構大変だよな」
「ねえ…、でも緊急集会のある日って、ライブの日だったんじゃなかったっけ?」
みんな「あっ」という顔になった。すっかり忘れていたが、この日は以前から予定していた合同ライブの日だった。ライブには、他のバンドのファンたちも来るから、観客もそこそこの人数が期待できるだろう。
「律、でも出演キャンセルするって云ってたよな」
澪を筆頭に、メンバーの視線が律の方に集中した。律は急にみんなの視線を浴びて、少し戸惑ったような顔になりながら答えた。
「いや、あの…。実は、するの忘れてた!」
律の言葉でみんなの表情が明るくなった。律のズボラな性格が幸いしたのだ。
「よーし、じゃあ、あとは私たちが最高の演奏をするだけね」
ムギが云った。
「やってやるです!」
梓も力強く答えた。
「ステージに出ない私たちはどうしようか?」
憂の言葉に和が返した。
「客引きだったり、観客に混じってみんなを応援したり、という感じになるかしら。もちろん、別にすべきことが見つかれば、そちらを優先的に、って方向で」
運命の16日まで、あと二日に迫っていた。
4
凜は研究室を出て、マウス小屋へ向かった。むろん、SDR導入マウスを観察するためである。特に、数匹のマウスの中に一匹だけSDR導入マウスを含めた条件で、みられた経過には、目を見張るものがあった。とはいっても、その結果はおおよそ予想はできていた。おそらく、普通のマウスはすべて飢えて死んでしまうだろう。そして、唯一残ったSDR配列導入マウスだけが、わが物顔でいるに違いない。
マウス小屋に入り、白衣を羽織って、飼育室へ行く。そして、目当てのケージを見てみた。すると、彼にとっても意外な結果がそこにはあった。
SDR導入マウス一匹と普通のマウス九匹を一緒に入れたケージは、3つ用意してあった。同じ条件のものを複数用意した理由は、結果の有意性を確かめるためである。
凜の予想では、SDR導入マウス以外の全部のマウスの死、というのが、すべてのケージにおいて起こる有意な結果と考えていた。しかし、現実にはそうはなっていなかった。3つのうち、2つのケージは予想通りの結果になっていたが、残りのひとつはそうではなく、むしろ逆の結果が起こっていた。つまり、通常のマウスが数匹生き残り、SDR導入マウスが死んでいたのである。
生き残ったマウスは、これまでの飢えをしのぐような勢いで、競うように餌をむさぼっていた。一方で、SDR導入マウスの死体は無残な姿で転がっていた。首はちぎれかかり、目は潰され、舌や内臓は飛び出し、骨格もばらばらになり…。原形をとどめないほどにぐちゃぐちゃになって、下地のおがくずに埋もれていた。おそらく、今生き残っているマウスに殺されたのだろうと推察できた。しかし、それでもこれだけ無残な姿にされるとは、相当な恨みをもたれていたと想像しても行き過ぎではない。
さすがの凜もこれには嫌悪感を覚えた。が、すぐに理性的な思考を取り戻し、なぜこんな結果が起こったのだろうか、と考えてみた。こういう結果になったいきさつは、おそらくこんなとこだろう。あまりに独裁的に君臨する暴君に耐えられなくなったマウスたちが反乱を起こし、よってたかって支配者をなぶり殺しにしたのだ。しかし、どうしてこのケージにだけそんなことが起こったのだろう。偶発的にだろうか。いや、もしかしたら、偶然ではない何か大きな要因があるのかも知れない。しかし、それが何なのか、現状では分かる由もなかった。
作品名:【けいおん!続編】 水の螺旋 (第五章) ・上 作家名:竹中 友一