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【けいおん!続編】 水の螺旋 (第五章) ・上

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 凜はそれぞれのケージの中の死骸を片づけて、マウス小屋を出た。外に出ると、石山教授の姿があった。
「どう?何か面白い結果がみられたかな」
「はい。3つのケージのうち、2つのケージはSDRマウスだけが生き残っていましたが、あとのひとつのケージでは、通常のマウスが数匹生き残っていました」
「ふうん。で、SDRマウスは?」
「原形をとどめないほどにぐちゃぐちゃにされていました。おそらく、生き残ったマウスに殺されたのだと思います」
 石山教授は手を顎にあて、薄い笑みを浮かべた。
「…それは面白い結果だね。何でそんなことが起こったのだろうね」
「さあ、そこまでは」
「それに対して考察してみるのが、サイエンスの本質であり、醍醐味でしょ」
「まあ、そうですね」
 そんなこと云われなくても分かっているというふうな様子で、凜は答えた。
「あ、そういえば16日、君らは本当に飛ぶの?」
 石山は話題を換えた。因みに“飛ぶ”というのは、“精神世界にダイブする”という意味で、石山教授や凜が慣用的に使っている表現である。
「ええ。そのつもりです」
 凜は答える。
「ふうん。それならさ、徹底的にやっちゃってよ。何だったら、めちゃくちゃにしてやるくらいでもいいよ」
「えっ」
「奴のひとりよがりな暴走は、私の真実の探求のためには邪魔になる。実際に今や私は、奴が唱えるように精神世界が“全宇宙の根幹”というふうには、考えていないからね。けれど、奴は間違っているかも知れない説にいつまでもしがみついているどころか、それを利用して己の権力を高めようとしている。まったく、科学に対する冒涜ですよ、これは」
 現に石山は、精神世界という存在を、当初とはまったく違うものとして考えるようになっていた。石山の説では、精神世界は単に“我々の世界のさまざまな情報を記録・保管する空間”である。例えるならば、映像や音声を記録するテープのようなものだ。テープはこの世のものすべてを保存することはできず、その中の場面であったり振動であったりを、映像や音声として収録するのみである。しかし、それを再生すれば、その時に起こった出来事を再現することができる。精神世界もそれと同じような記録媒体ではないかというワケだ。もちろん、ただ記録するだけでなく、テープに記録した情報が未来に再生できるように、精神世界の情報はこの現実世界にフィードバックされて未来に影響を与える。つまり、その情報を変換してしまえば、未来も変わる。
「だからさ、奴の世界を破壊してしまわないことには、科学は前に進めないんだよ」
「で、二葉の世界を壊した後で、どうするつもりですか。先生が、科学という唯一神の伝道者・キリストになるんですか」
 凜は皮肉をこめて訊いた。
「相変わらずズバッとものを云うね。だが、前にも云ったと思うが、私にはそんなつもりはない。この世界のしくみを知れたらそれでいい。もちろん、それを論文にしたりして、研究者としての評価を上げたいぐらいの願望はあるけれどね」
「それを聞いて安心しましたよ」
 凜は少し笑って云った。
「もしそうだったとしたら、今度は私と戦わなきゃならないからでしょ」
「ええ、まあ」
 今度は、石山は遠い目をして云った。
「二葉はね。学生の頃から自己中心的で嫉妬深い奴だった。他人の持っているものより、いいものを持っていないと気が済まないような。逆に、欲しいものを手にするためには、どんなこともする奴だった。これまでは私に害はなかったから付き合っていられたが、いつかこういう日が来るだろうとは思っていたんだよね」
 長らく付き合ってきた友人といつか対決する日が来ると思っていた、石山はそのような主旨の台詞を平然と口にした。唯が聞いたらどう思うだろうか、と凜は思った。唯は馬鹿と思えるほど素直で、友情や仲間とのつながりを本気で信じている青臭さも持っている。そんな彼女なら、今の石山教授の言葉は聞き捨てならないに違いない。
 これまではこんなこと考えもしなかった。唯と出会ったことで、確実に自分の何かが変わりつつあると凜は感じていた。


 5


<5/16 午後6時>

 蒼く透明な水の中を、唯と凜は下りていた。何者にも干渉を受けず、穢れを知らない水だ。精神世界にもこういう綺麗な部分はあるにはある。
 水を抜けると、これまで感じていた浮力が重力にとって代わり、ふたりは地上に降り立った。一面緑の草原だった。
「きれいなところ…」
 唯はあたりを見回しながら、ため息混じりに呟いた。唯は精神世界で、このようなきれいな景色を拝んだことは殆どなかった。それは、精神世界には人が表には見せない心の闇の部分を反映させている部分が多く、汚れのない純粋な部分が少ないというのがそのひとつの理由であった。しかし、他にも理由はあった。それは、石山教授の方針から、唯はこれまで醜い部分ばかりに行かされていた、ということである。
「いや、唯、見てみろ」
 凜が遠くの方を指さした。見れば、向こうの景色は、赤茶色に濁っていた。
「何、あれ…」
「こんなところまで、二葉に浸食されていたのか」
 そこへ、青く光る二重らせん状の鎖が、唯と凜めがけて襲いかかってきた。
「唯、よけろ!」
 凜の号令とともに、ふたりはらせんを避けた。凜は唯のほうを振り返り、「大丈夫か?」と訊いた。そこへ、次の鎖が、襲いかかってきた。
「凜くん、うしろ!」
 唯が叫んだ。凜は向き直ったが、光る鎖は目の前まで来ていた。とてもよけられそうにはない。咄嗟に、凜は手を出して、鎖を受け止めた。バシンッ!という音がして、鎖の凜の掌に当たった部分が、激しくスパークする。
 凜が力を込めると、凜の掌から赤く光る二重らせん状の光が出始めた。凜の放った鎖は、襲い来る鎖の二重らせんをほどきながら伸びてゆく。そして、みずからも徐々にそのらせんをほどき始めた。そしてあるところで、凜の放った赤い鎖の一部分が、襲い来る青い鎖の一部分とハイブリダイズした。相同な領域を見つけたのだ。青い鎖によってもたらされていた凜に対しての圧迫感が、急に弱まった。
「唯、DSBだ!」
(※DSB = 二重鎖切断; DNAの鎖が放射線などの強いエネルギーで切断される現象)
 凜が叫んだ。唯は、「やっ!」と叫んで、手刀を振り下ろした。唯の手元から、刃のような閃光が放たれ、凜に迫っていた青い鎖を切った。青い光が消え、同時に崩れゆくように鎖も消え去った。
「唯、急ぐぞ」
 ふたりは、向こうの赤く澱んだ景色へ急いだ。

 その頃、放課後ティータイムのメンバーは、ライブハウスの楽屋にいた。今ステージでは別のバンドが演奏していて、楽屋までその音は聴こえてくる。今回、自分たちはチケット販売などの客引きをしていなかったものの、他のバンドが客を集めてくれていたため、自分たちが演奏する時も結構な観客が期待できるだろう。
 だが、メンバーひとりひとりの心は落ち着かなかった。それもそのはずだ。今日の自分たちの演奏に、今後の世界の動向と、何よりひとりの仲間の命運がかかっているかも知れないのだから。
「私、ちょっと憂たち見てきます」
 梓がそう云って立ち上がり、楽屋の裏口から外へ出て行った。