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泡沫の恋 後編

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 未練だな、と自嘲する。もうすぐ事務所を移し終わる。そうしたらもう来ない。だから。

 臨也は一つの賭けをしていた。
 もし、事務所の移動までに静雄が自分を捕まえられなければ、そのまま消えて二度と会わない。
 もし、静雄がそれまでに自分を捕まえられたら、その時は。
 そのまま、いなくなろう。この、場所から。
 そうして今日、臨也は捕まった。だからもういいんだ、と臨也は心の中で呟いた。
 もういいんだ、と思った。
 もういい、こうなることは初めから決まっていた気がする。
 人と言う種ではなく、ただ一人、この男を選んだ時から。
 終わりへと近づいていたのかもしれない。すべての終わりへ。
 だから、もういい。終わりにしていい。終わりにしたい。疲れてしまったから。
 あてもない瞬間を待ち続けるほど自分は強くなかった。
 けれどもし自分が消えた後、静雄が全部を思い出したら。

 その時少しは悲しんでくれるかな。

 悲しませたくはないけれど、しかたないよね。
 もう、俺は疲れちゃったんだ。だからいつものように逃げることにする。
 
 永遠に、と臨也は付け加える。
 最初からこうすることを決めていたような気もするけど。
 それでも微かな希望を持って、事務所の移動なんてどうでもいいことを始めてずるずる時間を引き延ばして。
 そして賭けに負けた。
 捕まってしまった。彼ではない彼に。彼だけど、彼じゃない彼に。
 けれどそれでも好きだよ。

「シズちゃんは俺を殺せない。殺さない。そのほうがいい」

 俺のために汚れるなんていけない。
 でも俺は、もうシズちゃんを傷つけないと決めたんだ、だから。

「だけど、だから、俺は、いなくなるよ。それを、シズちゃんが望んだから」

 なかったこと、にしたかったんだろう?
 だから終わりにしようよ。

「・・・どういうことだ!?」

 静雄には、臨也が何を言っているのか分からない。
 わからないまま、臨也を見つめた。
 臨也はとても綺麗に、笑った。泣きそうな顔をしているのに。綺麗な笑顔。
 そうして言う。

「シズちゃんが忘れても、俺は覚えてる。それだけのことだよ」

 それだけのこと。
 臨也の言葉に静雄は胸が痛む。
 俺が忘れて・・・? 何を・・・。
 記憶のない3ヶ月、見覚えのない女、未開封のデザート、それから。
 何か欠落したままの、この自分。
 思い出せない。影のような記憶は浮かぶのに。
 音のない世界に自分がいたことは覚えているのに。

 言葉のない静雄をいぶかしむように覗き込んで、臨也はいつものナイフを取り出した。
 銀色に輝くそれは、いつもは静雄に向けられるものなのに。

「バイバイ、シズちゃん」

 寂しそうに。
 寂しそうに笑って彼はそう言った。
 駄目だ、と静雄は思った。
 捕まえた、捕まえてしまった。
 これでもうこの男は、自分を一生離せない。
 自分は一生この男を縛るだろう。それを自分も望んでいた?
 黙ったままでいる静雄を少しだけ見つめて、臨也はナイフを喉元にあてた。
 切っ先がほんの少しかすめたのか、赤い血が少しだけ流れる。
 それを見てあわてたように静雄はナイフを握りしめた。

「シズちゃん」
「・・・っ」
「危ないよ。怪我するから手、離して? シズちゃんなら平気かもしれないけどさ」

 瞬間。
 静雄は目の前が暗くなるのを感じた。
 後ろから頭を殴られたような衝撃。
 強い眩暈と、それから。

 臨也。

 流れ込んでくる大量の記憶。
 コンビニのデザート、バスローブ、甘いカフェオレ、コーヒーの香り、
 出なくなった声、失った言葉、けれど満ち足りて満たされた心、それから。
 記憶にないまま、どうしても捨てることのできなかった銀色の小さな鍵。

 臨也。

「・・・シズちゃん?」

 気づけば瞳から感情が溢れていた。
 切ない、寂しい、悲しい、それから。
 後悔と、罪悪感と。

「泣かないでよ、シズちゃん。ごめんね。痛かったの?」

 臨也が優しく声をかける。
 けれどその手は決して静雄に触れてはこない。
 静雄はそれが寂しくて悲しくて。

 気づけば臨也を抱きしめていた。

「シズちゃん・・・・?」

 静雄は何も言えなかった。
 ただ、臨也を抱きしめていた。
 言葉は出ない、声にならない、瞳からばかり感情が溢れ出る。
 臨也は恐る恐るといった感じで静雄を抱き返した。
 そうして臨也はそっと静雄の涙を舐めとると、『しょっぱいね』と囁いた。

作品名:泡沫の恋 後編 作家名:774