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野ばらの君

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 もうひとりの当時者、アルと同じく「その約束」を憶えているロイはといえば、苦笑して肩を竦めた。

 小さなお姫様は顔をくしゃくしゃにして走ってきて、出立するばかりとなっていた騎士に体当たりし、しがみつき、一緒に行くと言い張った。おかげで仕立てたばかりだった礼装は一部惨憺たる有様になったものだった。…エドの涙と鼻水で。
 ――野ばらはまだ小さいのだから、父上と母上のそばにいなくては
 そう、抱き上げてあやせば、エドはちっちゃくない!とますます機嫌を損ねてしまった。生意気なところもあったが、基本的には可愛らしい幼女だ。そしてそれ以上に、そこまで懐かれたことが純粋に嬉しかった。母を知らなかったロイに母性を教えたのがトリシャだとしたら、小さき者への慈悲を教えたのはエドとアルの姉弟だった。無心に慕ってくれることのくすぐったいまでの喜びと、守らなければならないという自負と共に。彼女の家族は、実に様々なことをロイに教え、与えてくれたのだった。
 ――では、約束を
 だがロイがその時そう口にしたのは、庇護や親愛からだけだったのかどうか、今にしてみればよくわからない部分もある。どこまで未来を見据えていたのか、今となってはそれは随分曖昧なものになっていた。
 ――やくそく…?
 額や目元、頬にやさしく口づけを与えられてどうにか泣き止んだ姫君は、舌足らずに繰り返して小首を傾げた。当時、五つになるならずだったか…。
 ――大きく…そう、野ばらが大人になったら、迎えに来るよ
 ――おむかえ…?
 ――ああ。約束だ。だから野ばら、今はすこしだけお別れだよ。父上と母上の仰ることをよく聞きなさい
 どうだい、とじいっと大きな金色の目を覗き込みながら言えば、彼女はしばらく考えていたようだったが、やくそく、ともう一度呟くと、花が開くようににっこりと笑った。思わず釣られてしまうような愛らしい笑顔だった。
 ――エド、いいこでまってるよ。おかーさまのいうこともちゃんときくよ。おとーさまのおひげでももうあそばないよ。だから、

「…だから、エドが大きくなったら、迎えにきてね…」

 ぽつりと呟いて、エドはまじまじとロイを見つめた。話を聞きながら、もやがかかったようになっていた記憶が晴れて行き、そう言ったことを思い出した。
 そうだ。
 だって寂しかったのだ。
 ロイが遠くへ行ってしまうのが、自分から離れていってしまうのが嫌で、盛大に駄々をこねた。けれどロイは迎えに来ると約束してくれたから、もうお姉さんなんだから、と一生懸命我慢した。
 すっかり思い出してしまったエドの白い顔が見る間に真っ赤になっていく。もう恥ずかしくて顔を上げられなくて、両手で覆ってもまだ足りず、膝に突っ伏した。猛烈に恥ずかしい。
 だが…。
「そりゃ、…僕だってわかってる」
 そんなエドの隣、つい先刻まで眠っていた幼い王子が苦虫を噛み潰した顔で再び口を開いた。
「ねえさんは王女なんだもの。ずっとここにいるのが難しいのなんて、わかってる」
 まるで言い聞かせるような態度で繰り返してから、彼は悔しげに唇を噛んだ。
「でも。…ねえさんと離れるのなんて、やだ…!」
「アル…」
 突っ伏していたエドは、弟の様子に顔を上げ、困ったように笑うと、そっと自分とほとんど体型の変わらない、下手をしたらずっと寝ていたせいで自分より小さいかもしれない肩を抱き寄せた。そしてぽんぽんと背中をたたきながら、ばかだなあ、と笑う。
「オレがアルから離れるわけないのに」
「…ねえさん…」
 まるで子猫がじゃれついているような姉弟の姿に、ロイとリザは顔を見合わせた。そして苦笑する。
 口を開いたのは、ロイだった。
「――そうもいかないのは、わかるだろう?」
「……?」
 きょとんとした様子で降り向いたエドに、ロイは困り顔で諭した。
「アルはちゃんとわかっていたんだよ、そのことは」
「……え…?」
 何を、と小首を傾げる様は無邪気なものだった。ロイは、未だ幼げな様子の王女の前に跪き、そして噛んで含めるように言って聞かせる。
「女王の場合は例外的に好きあっていた君たちの父上と結ばれたが、それとて、女王の父王が健在で、貴族を抑えていたからだ。今この代ではそんなことは難しいだろう。アルフォンスは、…どうしてもおまえを政略結婚の道具にさせたくなかったんだろうね。…同時に、私に連れて行かれるのも嫌だったんだろうが」
「……政略…結婚…?」
 ぽかんとした顔で繰り返した王女は、今初めてそんなことを聞いた、というような風情だった。どうやらあまりに王子の振りをするのに必死で、そんなことは終ぞ考えたことがなかったらしい。どんなに頭の回転が速くても、そのあたりはやはり子供なのかもしれない。
「口に出すのも厭わしいが、先ほどの狼藉者も同じことを考えていたんだろうさ」
「……おれ。…結婚、とか、…するの?」
 唖然とした表情での質問は、十分に騎士の不意をついた。問われた男は目を瞠りしばらく言葉を探していたが、答えを見つけあぐねてしまった。代わりに答えたのは、それまでただ聞いていたリザだった。
「私達は、誰一人、殿下の人生を犠牲にしようなんて思ったことは一度もありませんよ」
「え…?」
 リザもまたロイのように王女の前まで歩いてくると、膝をついて慕わしい小さな主を見上げた。微笑を湛えて、ゆっくりと言って聞かせる。
「確かに一国の王女ともなれば、好いた方と添い遂げるのは難しいでしょう。ですが、殿下。私は、それでも、あなたが幸せになればいいといつでも願っています。あなたが一番幸せであったらと」
 王女は困ったように、途方に暮れたように眉根を寄せて、膝頭をきゅっと掴んだ。そんなことを言われても、と顔には書いてあった。
「…わかんない。オレ…だって。父さまも母さまもいなくなっちゃって、オレがアルを守らなきゃって、だってオレがお姉さんだから、…それしか、考えてなかった…」
 目を伏せて戸惑う、王子と偽っても違和感のあまりない王女に、ロイが笑いかけた。
「いいよ」
「…え?」
「そんなことは、追々考えていけばいいんだ。おまえが一生懸命頑張っていることは、皆が知っている。だから皆おまえの幸せを望む。ただそれだけのことだ。何も難しく考える必要はないんだよ」
「………でも…」
 王の子として国のために果たすべき義務。姉として弟のために果たすべき義務。エドの中身は今もってそういったもので一杯になっていて、とても他のことが入り込む余地はなかった。
 けれど、こうしてアルフォンスが目覚めてみれば、エドが果たすべき義務は確実に今までとは違うものになる。だが急にそんなことを言われてもとても受け入れ難い。
 それにさきほどのことを思い出すと、恐ろしくて震えが走った。自分の才覚で国のために働くのなら、それはきっと充実したものだろう。たとえ過酷なものであったとしてもだ。だが、ただお飾りの道具として、いるだけでいい存在、そんな風にしか役に立てないのなら――それは諸手を上げて喜べるようなものではなかった。
 勿論、リザのように男に混じって立ち働く女性がいないわけではないが、まだまだ少数派だったし、重臣たちはそうした風潮をけして快くは思っていない。
 そして。
作品名:野ばらの君 作家名:スサ