ハート・ラビリンス
*
「ここは、一人の『女王』が治める世界だ。どこにあるのかは、おれにも分かんねぇ」
「女王? へぇー」
よく薫るミルクティを味わいながら、ルフィはローの話に耳を傾けていた。
「仕組みは簡単。頂点に女王がいて、あとは彼女の言いなりになる下僕がいるだけ」
「……へぇ」
それはまたすごい世界だなと、支配に興味のないルフィにも伝わってくる単純明快さだった。
「女王は自分の手駒となる人間を集めている、とんでもねぇ女なんだけど。なんでも長いこと争い続けている相手がいて、そいつを打ち負かすために兵力が必要なんだとか」
「ふぅん。……それと、お前はどう繋がるんだ?」
「あんまり核心に触れることは話せねぇ。……おれは監視されているから」
そう言ってローは、左手首にはめられている手錠を一瞬だけルフィに見せてきた。
「……!」
「おれはこの手錠で女王と繋がっている。おれの『役割』はこの部屋に客を招いて、そいつらを女王の手駒として献上することだ」
「……えっ? なんだ、それ?」
手駒、客、献上、監視、さっきから語られる言葉の不穏さに、状況がよく把握できていないルフィでさえも嫌な感じしか覚えない。
「簡単に言えば、客をもてなして、騙して、差し出して、女王の不興を買わないようにするってわけ」
「なんだ、それ!」
ルフィは思わず声を荒げて叫んだ。
「手駒にする人間の数が多ければ多いほど、女王の機嫌もよくなるし、融通も効くようになるから、普通は頑張って客を集めるんだけど……」
ローはルフィの激昂を平然と受け止め、宥めすかすように話を続けていた。
「お前さ、よくおれのクッキーを食ったよなぁ」
「えっ?」
急に話題を変えたローに戸惑いつつも、ルフィは素直に答えを述べた。
「だって、うめぇし。それに腹も減ってたし」
できれば肉も食べたかったけれど、食べられない理由ならすでにローから聞いてあった。
「麦わら屋。献上する客を集める方法は、それぞれの部屋の主人に一任されているんだ。多く集めるためには、もてなす料理に睡眠薬を盛ればいい。一網打尽にできて簡単だろ?」
「…………えっ!? お前まさか、あのクッキーに何か仕込んであったのか!?」
事前の説明だけで会話をするルフィに、ローは少し傷ついたような顔をした。
「おれがそんなことをしてたら、お前はとっくの昔に女王の下僕になっているだろうよ」
「おっ、そうか。なんだ、よかった」
ルフィはホッとして胸をなで下ろした。その姿に、ローはやや諦めた感じの溜息をこぼしていた。
「……でも、まぁ、それが普通だからさ、疑いもせずにバクバク食べてたお前は、ここ以外の部屋に落ちてたらアウトだったぜ」
「……なるほど」
ルフィはようやく様々な情報を整理して飲み込み、ローがここにいる理由についても理解しつつあった。
けれど、腑に落ちないことも当然ある。
「女王って奴に、人間をたくさん渡さないといけないんだろう?」
「ああ」
「……でも、お前は」
ルフィがそれ以上口にするのを遮るように、ローは人差し指を立てた。言うな、という合図にルフィも反応して黙る。
女王に対する謀反や裏切りとも取れる行為は、恐らくどんな些細なことでも厳禁なのだ。ローはそれをギリギリかわせる範囲内に留めて行っているのだろう。
鍵を探すゲームも、ルフィのように迷い込んだ客を元の世界に帰すための手立てなのだ。直接手を貸せない代わりの猶予を、彼は与えていたことになる。
もちろん、クリアできなければその客の運命は、女王の下僕となる以外にないのだろうけれど。
「ノルマっていうのがあるんだ。決められた期限の中で最低何人連れてくればいいっていうのが。おれはその最低に留めているから、女王の覚えはあまりめでたくないんだよな」
「……つうか、なんで出ていかねぇんだ? お前」
やりたくもないことをやらされて、しかも、逆らうことなく言いなりになっているのが、ルフィには不思議だった。
ローくらい機転の利くタイプなら、逃げ出すことも簡単なように思えるのだが。
「出て行きたくても、それができねぇのさ」
「なんで?」
「さっきお前に話しただろう? おれにも仲間がいるって。それが理由だよ」
「えっ?」
はっきりと言わないローに、ルフィは首をかしげた。
仲間がいるから、ここから逃げられない。それはどういうことかを考えてみる。
どうしてローは逃げられないのか、自分をその立場に置き換えてみて、一つの結論に至った。
監視されていること。逆らうような素振りすら見せられないこと。そこから導かれる答えは──。
「まさか……」
「そのまさか、だと思うけど、合っているかな?」
「お前、仲間を人じ……」
「しーっ」
ルフィがすべてを言い切る前に、ローの右手が口を塞いできた。
「それで正解だ、麦わら屋。……そこで、お前に頼みがある」
「なんだ?」
ローはルフィの口を塞いでいた手を離し、少しの間を置いた。決意を曲げないように、思い切りよく顔を上げて言う。
「あいつらを助けてくれないか」
ローは身動きが取れない。人質として囚われている以上、勝手なことをしたら、女王の残酷な一撃が仲間たちの上に降り注ぐことになる。
暗く閉ざされた出口のない迷宮で一人、ローはずっと信頼を寄せられるだけの人物を探していた。
力が強く、大胆で、底知れない魅力を感じさせる人柄を持つルフィ。彼になら、自分たちのすべてを懸けて託してみてもいいと思えた。
ルフィはギュッと、唇を強く弾き結んでみせる。そして、
「任せろ!」
と、大きな声で請け負ってくれたことに、ローは自分でも意外なほど、肩から力が抜けていくことに気付いていた。