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不可視猛毒のバタフライ

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 0.571018


 8月13日。
 2日続けて同じような夢を見た。
 私が名前を呼ぶと、私の言葉が、私の好きな人を吹き飛ばしてしまう。
 あまりに夢見が悪過ぎて今日は岡部とはあまり話さないでおこうと思っていた。正直、話すのが怖い。間違うのが怖い。
 私の言葉で傷つけてしまうのが怖い。
 この「ラボ」もどきを作った厨二病患者。酷い誇大妄想と虚言癖持ちで行きあたりばったりで見栄っ張りでいい加減で適当でヘタレ。けれど、岡部倫太郎の言動は何も変わらないはずなのに私の心は毎日彼へと傾いていく。どんなくだらないことを話していても、助手とかクリスティーナと呼ばれても、私の眼と心は自然に彼に引き寄せられていた。
 今日の昼食中、急に岡部はカップめんをすする手を止めた。ほんの30秒動かず固まっていて、その直後から行動ががらりと変わった。未来から記憶だけタイムリープしてきたという岡部は作って以来動かしていないタイムリープマシンの所在を確認し、真剣にまゆりの命を心配し、彼女が出かけていることを知ると一度ラボから離れた。
 しばらくして岡部がラボに連れてきたのは、桐生という見知らぬ女性だった。やつれた様子の彼女にできれば食事を取らせてほしいと私たちに頼んで、岡部自身は何かの運ばれる先を見届けなければいけないからと、今度は駅の方向へと飛び出していく。不格好に走って行く彼の横顔や白衣の背中を見て、私はなぜ自分が彼を追っていたのかを理解する。
 私は、鳳凰院の剥がれた彼が好きで仕方がないのだ。

「……岡部君の、彼女?」「違います」
 携帯を手にぼんやりと私を見る桐生さんの言葉をきっぱりと否定したら、ごめんなさいと彼女は呟きうつむいた。綺麗な人なのに真っ赤に腫れた目元とやつれた頬がもったいない。岡部の頼みを思い出して冷蔵庫からとりあえずドクペを出して渡すと、桐生さんはのろのろと左手で受け取った。右手には携帯をしっかりと握りしめたまま、口をつけるどころか開けようともしない。
「ここ暑いですし、少しでもいいですから、飲んでください」
 このままの状態にしておいたら脱水症状を起こしかねない。少し強く言うと、ラボのソファに座っている桐生さんは携帯を膝の上に大切そうに置いて震える指でペットボトルの封を切る。最初口をつけたときは少しせき込みながら、けれどあっという間に飲みほしてしまったから、私はもう1本冷蔵庫から出して手渡した。
「……岡部君が、あなたは信頼のおける人だって言っていたから」
 岡部に炎天下を引っ張られてきた彼女は、ドクペの水分で一気に汗を吹き出しながらささやいた。だから私のことを彼女だと思ったってことなんだろう。桐生さんと私が顔を合わせるのはこれがはじめてのはずなのだけれど、なんとなく、彼女の指先に見覚えがある気がした。
 薄暗いラボの中で、ほとんど面識のない人と2人きりで黙っているのはつらい。
「……しんじてたひとに、すてられて」
 唐突な彼女の言葉が重すぎてさらにつらくなったけれど、このすっかり生気を失ってしまった人の話を聞いてあげなければ、そのまま彼女の命が消えてしまいそうな気もする。
「……凄く好きだった、から、捨てられた、なんて、信じられ、なくて。」
 私より年上のお姉さんが、隣で大粒の涙を浮かべてうつむいているのがとても痛々しかった。岡部も、こんな彼女を放っておくことがどうしてもできなくて、ラボまで連れてきたのだろう。ハンカチを渡すと桐生さんは顔をくしゃくしゃにして声を上げて泣きだし、私は隣に座って桐生さんの肩に少しもたれかかる。こんなときは誰かの体温が必要だから。
 聞こえないほど小さな言葉とともに涙を流し続けている彼女の横で思う。

 好きって気持ちは、こわいものよね。
 もし私だったら、どうなるのかな。
 好きな人に、捨てられてしまったら。
作品名:不可視猛毒のバタフライ 作家名:Rowen