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チョコレイト・デイズ

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「げっ! ネビル、四十センチも書いてるのか? もしかして俺たちがドンケツ?」
「たぶんね」
 ハリーはため息をつきながら言った。
 スネイプの授業をこんなに心待ちにしていたなんて今でも信じられなかった。授業を待っていたのではない。ただスネイプの姿を自分の目で見たかった。きっと嫌味しか言わない声が聞きたかった。
 目が、耳が、体が求めているということに衝撃を受けていた。わずかに息があがる。湧き上がる感情が胸を体を縛る。身動きもままならないほど苦しかった。
 先生はどこに行ってしまったんだろう。今日の器磨きはあるんだろうか。わざとあんなにゆっくり磨いたのにあと七個で終わってしまう。終わったら話をすることはなくなるんだろうか。あの部屋に行くことはなくなるんだろうか。・・・行ったらいけないのかな。
「ハリー」
 どこかで声が聞こえる。
「ハリー!」
 ハーマイオニーが隣で袖を引っ張っていた。
「あ、何?」
 教科書を広げたまま、いつの間にかボーっとしていたハリーをロンとハーマイオニーが眉間にしわをよせて眺めていた。
「何かあったんなら言いなさいよ。私たちはいつでもあなたの味方よ」
「水臭いぜ、ハリー」
 真剣な二人の口調にハリーは内心とても微笑ましく思いながらもそれを口にしなかった。きっと二人は冗談じゃないとばかりに怒るから。
 早く。
 早くあの部屋で。
 早くあの部屋で会いたい。
 からかうような口調で、話しかけられたい。
 したいことはいっぱいで、それなのにそのすべてがスネイプに起因する。
 馬鹿みたいに胸が痛かった。
「そろそろ終わりだろ? 器磨き」
 うつろな目つきのハリーを元気付けるかのように、ことさら陽気な声でロンが言った。
「よく我慢できたわね、ハリー?」
 ハーマイオニーも本を閉じながら、やさしく言った。
「うん、そうだね。あと七個だもの」
 レポート用紙に適当に文字を書きなぐりながらハリーは心ここにあらずといった様子で答えていた。二人はそんなハリーを心配そうに見つめている。
「体調が悪いってスネイプに言ったら? せめて明日にしてもらえばいいんじゃない?」
「冗談じゃなく顔色悪いぜ?」
 ハリーは手を止めて二人をぼんやり見た。
 根本的に二人は間違っている。
 先生に会いたくないんじゃない。先生に会いたくて、おかしくなりそうなんだって言ったら二人は何て言うんだろう。先生に優しくされたいって言ったら。あの手でくしゃくしゃってして欲しいなんて言ったら。
 ロンは絶句して言葉が出てこないだろうな。ハーマイオニーは・・・僕の気がふれたと思って図書館にこもるかな、正気に戻す方法を調べなきゃっとか言ってさ。
 ハリーがハハッと笑ったのを、ロンとハーマイオニーは痛々しげに見つめた。
 そのほうがいいかも。こんな、先生のことを考えてこんな胸が苦しくなるなんて信じらんない。間違ってる。これがテストだったら落第だ。
 教師は生徒を導くものなのだとダンブルドアもマクゴナガル先生も言っていた。
 なのに、導くどころかスネイプが僕を操っているなんて。僕の体はもう僕の言うことを聞かない。先生は存在するだけで、たとえ姿を見せていなくても、僕を好きなように狂わせている。それってすごい。僕を止められるのは先生だけだ。・・・でも。
「大丈夫」
 そう、僕は大丈夫。大丈夫。まだ自分を保っていられるはずだ。こんなに先生を嫌っている二人に言うわけにもいかないし。
「頭も痛くなるよ。僕、明日提出のレポート一行も書いてないんだ。忘れてたんだよ」
 ごまかすようにハリーは笑った。
 二人はきっと驚いて、騒ぎ出すだろう。
 ハーマイオニーはぶつぶつ言いながら資料を探してくれるだろうし、人一倍騒いでロンも何かしら手伝ってくれるに違いない。
 だって、ハグリットが出した宿題だもの。
 ハリーはハグリットのことまで忘れるなんて、信じられなかった。



「ここ二、三日で完全にやつれたわね」とハーマイオニーは腕組みの上、ハリーを顎でしゃくってロンに言った。場所は大広間の入り口である。
「あの目の下のクマはどうよ」
「でも夜は寝てるぜ」
 そう言いつつ、ロンも食堂にぼんやりと座っているハリーを疑わしげに流し見た。魂の抜けたような顔はいつもより少し青いような気がした。
「だったら、あのクマはなんなのよ」
「うーん」
「私たちが立ち上がっても気づかないで、おいてけぼりくらっても気づかないなんてどういうことなの。昼食なんて30分も前に終わってるのよ」
「ボケてるよな」
 のんびりしたロンの声にハーマイオニーはカッとした。
「バカッ! ボケてるなんてとっくの昔に通りこしてるわ」
「バッ・・・バカッて、ハーマイオニー。ちょっと言いすぎだろ」
 ムッとして、ロンの鼻にしわがよった。家でも始終バカバカ言われてうんざりだ。学校にきてまでジョージもフレッドも人の顔を見てはバカバカ言う。聞き飽きているっていうのに、ハーマイオニーまでもが「バカ」なんて。これじゃ自分よりバカがいるのか真剣に考えてしまうよ、まったく。
「器磨きだってあと七個って言ってたのにまだ終わってないってどういうことだと思う? あれから何日たってるっていうのよ。ウィーズリー家のお坊ちゃまはハリーのこと心配じゃないの?」
「お坊ちゃまなんて言うのやめろよ。第一、お坊ちゃまっていうのはマルフォイとかのことを言うんじゃないのか?」
「そんなのどうでもいいわよ」
 ぴしゃりとハーマイオニーに決め付けられ、ロンは呆れてブツブツ言った。
 我がままなんだよな、ハーマイオニーは。気分屋だしさ。けど、マルフォイの話をしたくないのはわかる。とかくマルフォイはハーマイオニーにけんか腰で接したし、かと思えばまるで存在しないかのように振舞った。
 マルフォイ憎けりゃローブまで憎い。あの取り澄ました顔なんか思い描くだけで、実際ハーマイオニーは気分が悪くなる。
「ねぇ、ロン。・・・ハリーって好きな人がいるんじゃないかしら。あれ、たぶん恋煩いよ」
「はっ?」
 ロンはまじまじとハーマイオニーを見た。なに突拍子もないこと言ってるんだ?
「ハリーに・・・聞いてないわね。その調子じゃ」
「聞いてるわけないだろ。あ、チョウ?」
 思いついたとばかりにパンと両手を打ち鳴らした音にかぶさって、「チョウじゃないわ」とハーマイオニーが即答していた。
「そんなこと、なんでわかるんだよ」
 あのね、とハーマイオニーは嫌そうに前置きをして言い聞かせるように話し出した。
「あのね、昔っからヤイヤイ言われてるチョウで、なんでいまさらクマ作るのよ、ハリーは!!」
「怒るなよ。わかんないんだから仕方ないだろ。こういうことは女の子のほうが得意なんだよ。男なんてからっきしだ。役に立たない。どうやってバタービールを安く飲もうとか、あいつの足はどうしてあんなに臭いんだとか、ほとんど首なしニックの首を本当に切っちゃったらどうなるんだろうとか、そういうくだらないことをつらつら考えながら生きてるのが男の子なの! わかった?」
「・・・まぁ、ステキですこと」
 ハーマイオニーは心底呆れて言った。まったく男の子って。
作品名:チョコレイト・デイズ 作家名:かける