チョコレイト・デイズ
「それにさぁ、ハーマイオニー。ハリーがいくらやつれたからって、好きなヤツに関係してるなんてどうしてそんなこと思うんだよ? そんなのいないかもしれないじゃないか」
「いいえ、いるわ」
自信たっぷりなハーマイオニーの口調にロンはムッとした。なんでもわかってるような言い方が気に入らない。勉強のことならいざ知らず、ハリーのことなんだぞ。
「何で!」
「カン」
「は?」
「カンよ、カン。言ってみれば女の第六感ね」
瞬間的に息を止めてしまったロンは大きく息を吐いて、なげやりに手を振った。アホらしくてやってられない。何がカンだ! 女はキャーキャー騒いで何でも恋愛沙汰にしたがっていけない。
「さようなら、また会う日まで。元気でな」
「ちょっと!」
前を通り過ぎようとしたロンのローブをハーマイオニーは引っ張った。
「あなたも今言ったじゃない、女の子のほうがこういうことは得意だって」
「だって、そんなの信じられるかよ!」
反射的に叫んでいたロンはハーマイオニーの冷たい視線に
「・・・っていうか、信じるのは難しいと思うんだよ、一般的に言って」
と、とってつけたように言った。世の中、女のほうが強い。
「ハリーも私たちに言いたいのよ。でも言えないの」
「なんで、そんなこと知ってるんだよ」
「知ってる、じゃなくて、わかるのよ」
そして、急いでハーマイオニーは付け加えた。
「カンじゃなくて。ハリーの目みた?」
ロンが答えるのを待つ気はない。
「ハリーがあんな目するなんて。私、ああいう目を知ってるわ」
ハーマイオニーはロンから視線を外して、爪を噛んだ。
「ハーマイオニー、私立の学校へ行くって本当?」
親友のルイジは鼻の上にそばかすがあるのをとても気にしている。それが男の子に人気だったが、それは本人のあずかり知らぬことだった。
「ええ。なんだかそういうことになっちゃったの」
魔女になるのだとは言えず、ハーマイオニーはごまかすように川原の草を力任せに引っ張った。
夏の光を反射して、川がキラキラと輝いている。二人は川遊びにやってきていた。
散々水のかけあいをして、頭のてっぺんから足の先までびしょ濡れになったところで、一度川原にあがってきたのだった。二人の真っ白な肌を黄色い太陽の光りがさんさんと照らしていた。
「私、ミシェルとハーマイオニーと三人で同じ学校に行くんだと思ってた。ミシェルだってそう思ってると思うわ」
「私学に行くことミシェルは知ってる。ママがミシェルのママに話したのよ。黙っててって言ったのに」
ため息をつきながら話したハーマイオニーに、ルイジは驚いたように目を大きく見開いた。
「じゃあ、知らなかったのはあたしだけだったのね。なんだかショック」
口をとがらせたルイジにハーマイオニーは優しく言った。
「私から話したのはあなたが一番最初よ。ミシェルにはまだ言ってないわ」
下を向いていたルイジの金髪をハーマイオニーはそっと撫でる。ミシェルとハーマイオニーは幼馴染だった。ハーマイオニーのお隣に五歳のルイジが引っ越してきて、それから仲良しは三人になった。
「ハーマイオニー、ごめんなさい。怒ることじゃないわよね。もうわかってると思うけどあたし、ちょっとこのごろイライラしてるの」
それはハーマイオニーも気づいていた。本来、くったくなく明るいルイジが妙にケンカごしにハーマイオニーと話をするのだ。そのことも聞きたくて、水遊びに誘ったのだった。
「あたしね、あの・・・」
黙ってしまったルイジの肩を優しく撫でながら、ハーマイオニーは続きを促した。
「あの、あたし、・・・ミシェルのことが好きなの!」
一息に言ったルイジはハーマイオニーが何か言うより早く続けた。
「あの、ミシェルはハーマイオニーのことが好きなこと知ってるわ。みんなそう言ってるもの。当たり前よね。ハーマイオニーは可愛いし、頭もいいし、あたしと違ってそばかすなんてないし! でも好きになっちゃったの。きっとハーマイオニーに嫌な思いさせてると思うわ。ミシェルのことになるとあたし、どうしようもなくなっちゃうんだもの」
みじろぎしたハーマイオニーにルイジは叫ぶように言った。真っ赤な顔をして、ぎゅっと手を握っていた。
「いいの! ミシェルとどうにかなりたいなんて思ってないから。ただ好きでいたいだけ。あたし、二人の邪魔になってないかしら。ほんとは・・・」
永遠に続きそうなルイジの話を途中でさえぎる。
「ちょっと待って。ミシェルが何ですって?」
「え? あの、ミシェルってハーマイオニーのことを好きなんでしょう? だから・・・」
またまた突っ走りそうなルイジをハーマイオニーは止めた。
「ミシェルが私のことを? そんなことないわ。だって私、ミシェルの好きな子知ってるもの」
「え?」
ぽかんとしたルイジにハーマイオニーは内心しまったと思った。このままではルイジはミシェルの好きな子の名前を聞きたがる。喜んで教えてあげられる名前なら良かったけれど、あいにくその名前はルイジではなかった。あぁ、困ったわ。
ミシェルはおてんばのハーマイオニーの後をついてくるような大人しい男の子だった。そのくせ、ハーマイオニーが困ったりするとさり気なく助けてくれたりして、それを恩に着せることもないのだった。
「ミシェルの好きな子?」
「あぁ、ルイジ、私からは言えないわ。ミシェルに聞いてちょうだい。ね、お願い」
まん丸のルイジの目を見つめていられず、ハーマイオニーは下を向いた。小さなため息が隣から聞こえた。
「ハーマイオニー、ミシェルの好きな子ってあたしじゃないのね。わかってたけど・・・ううん、期待してたけど」
ショックだわ、と涙声が言った。ハーマイオニーはルイジを抱きしめた。小さな肩が震えていた。しばらく二人はそうしていた。白いシャツが乾く頃、ルイジが顔を上げて小さく笑った。涙の跡が痛々しい。
「ミシェルったら、いつでもあたしたちを優先してくれたじゃない? だから望みはあるかなって思ってたの」
ねぇもう一度川に入りましょ、暑くなってきたわ。ルイジはそう言って、川に飛び込んでいった。キャーキャーとはしゃぐルイジにハーマイオニーは首をかしげた。
焼けて火照った肌に水が気持ちいい。また、頭からびしょ濡れになりながら、ハーマイオニーも笑った。ルイジが笑っている以上、暗い顔はできなかった。
「ねぇ、ハーマイオニー!」
ルイジが水をかけながら叫んだ。
「なぁに!」
ハーマイオニーも負けずに水をかけながら叫んだ。
キラキラ光る水しぶきに視界がまぶしくて、何度も瞬きをした。
「あたし、ミシェルのこと大好きよ。ミシェルがあたしのことを好きじゃなくても!」
ルイジは手を止めて叫んだ。ハーマイオニーがすくった水がキラキラしながら落ちた。
「ミシェルには言わないでね」
そのときハーマイオニーは気づいた。ハーマイオニーを見つめるルイジの顔に流れる涙に。水をかけていないのに次から次と顔から水が滴り落ちていた。ルイジは涙を隠すために水遊びを始めたのに違いなかった。ハーマイオニーは気づかないふりをして、ただ突っ立っていることしかできなかった。
作品名:チョコレイト・デイズ 作家名:かける