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チョコレイト・デイズ

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 スネイプはもう二時間も書き物をしており、羽ペンが紙の上を滑るサラサラとした音が規則正しく続いていた。もちろん、この三時間言葉はない。無言だ。『お話』するなんてとんでもないし、ありえない。
 しかしハリーは戸惑っていた。スネイプと二人で部屋にいるのに、考えるだけで恐ろしいことなのに、この空間は最初に考えていたほど居心地の悪いものではない。少なくともスネイプの部屋で、授業ではないのにスネイプと同じ空気を吸って、気分が悪くならなかった。奇跡だ。拒否反応を示す細胞が勝手に死んでいくかもしれないとばかばかしいことまで真剣に考えた。何か良くないことが起こると覚悟していたが、それもない。
 スネイプは完全無視というわけではなく、そうかといって監視することもなく、たまにチラリと顔を上げては確認するという程度で、無言だったがあろうことか温かい紅茶までふるまってくれたのだった。
 真っ白なポットとカップがふわふわと飛んできて、目を丸くしてジッと見つめるハリーの前でとてもよい花の香りがする紅茶を注いだ。遅れて砂糖つぼが飛んできたのは、スネイプが砂糖を使わないために気づくのが遅れたからに違いなかった。
 信じ、られない。
 飲んだら笑いが止まらなくなるとか、お腹をくだすとか、記憶喪失になるとかいう怪しげなものではなく、ごく普通の紅茶らしかった。複雑な表情でカップを眺めるハリーを横目にスネイプはゆっくりと優雅に白いカップを口に運んでいた。
 十一時にはとても小さな成鳥になりきっていないふくろうがやってきて、可愛らしく胸を張って「ホー」と小さな声で鳴いた。
「・・・・・・ポッター、いくつ磨けた」
 三時間たって初めてスネイプが言葉を発した。羽ペンをおき、わずかに伸びをするしぐさをみせる。真っ黒の髪を片方の耳にかけている姿は少しだけ、あくまでも少しだけだったがいつもよりマシだった。ランプの光加減で視線が柔らかったというのもある。いつもの視線は氷河期だ。そのまま瞬間凍結してもおかしくない。
「十三個です」
「トロいな」
「すみません」
 ふん、とスネイプは冷たく鼻をならした。
「約束の時間に来ないからこうなる。このままじゃ一週間かかるぞ」
 まったく面白くもなさそうにスネイプは言ったが、ハリーだってスネイプに負けないくらいまったく面白くなかった。この場で気絶したいくらい絶望的だ。
 一週間! 一週間も銀の器を磨き続けろって? スネイプの部屋で。何時間も?!
 あと八十七個もある!
「今日はもういい。帰って休め。また明日夕食後来なさい」
「はい」
 嫌そうな声を隠す努力もせず、ハリーはやけっぱちで答えた。二人でいても気分が悪くなかったのなんてスネイプの言葉を聞いたらすっかり忘れた。これまでスネイプに何か言われて腹がたたなかったことなんて一度もない。そう思うだけで頭に血が上るほどムカつくから不思議だ。
 また明日もこの部屋の扉を探すことから始まって、見つけたら見つけたで嫌味を言われて、器をこしこしこしこしこしこしこしこし・・・・・・。あぁもう、考えるだけで恐ろしい。がっくりとハリーは肩を落とした。
 部屋を出る間際、戸口に背を預けて腕組みをしたスネイプがいつものシニカルで憎らしい笑顔で言った。
「明日はもう少し早く私の部屋を見つけることだな」
 ハリーは自分を見下ろしているスネイプをキッと睨みつけると、減点やら罰やら聞きたくない言葉を聞く前に一目散に逃げだした。

 息を切らして談話室に戻るとロンとハーマイオニーが頭をよせるようにして宿題をしていた。先週からどの教科もどっさりと宿題が出ている。ついてない。
「ハリー!」
 真っ先に気づいたハーマイオニーが声を上げ、ロンはハーマイオニーが立ち上がった拍子に倒れかけたインクつぼを慌てて押さえた。
 二人の顔を見たハリーはホッとして、自然と微笑みながらテーブルに近づいた。
「宿題、進んでる?」
「さっぱり。ハグリットまで宿題出すんだ。やってもやっても少しも減らないよ」
 ロンは肩をすくめた。髪をかきむしったのか、赤毛がもじゃもじゃに逆立っていた。
「占い学がいいとは思わないけど、サイコロチョコレートを転がして自分の未来を決めるのはどうかと思うわよ」
「ハーマイオニーだって知ってるだろ? トレローニーは俺らに悲惨な未来がたくさん待ち受けてるほど喜ぶんだぜ。俺なんか少なくとも五回は死にかけて、八回は骨を折って、十二回はビーブズに物を投げつけられて階段から転げ落ちてる」
 ロンは今までまったく当たってないけどさ、と向かいに座ったハリーにウィンクした。
「な、ハリー、スネイプの部屋はどうだった? 蛇とか気味の悪い動物とかいたかい? 骸骨が歩いてたか? もしかしたら怪しげなクスリを発明してたとか?」
 ハーマイオニーもロンと同じように期待を込めた目でハリーを見つめていた。そんな二人にハリーは肩をすくめながら曖昧に笑った。走って帰って来る間に少し気分が落ち着いていた。
「・・・それがさ、何にもいなかった」
「何にも?」
「ホントに?」
 身を乗り出した二人を交互に見ながら、複雑な気持ちだったがハリーはきっぱりと言った。
「ほんとに何にもおかしなことがなかったし、変なものもいなかった」
「じゃあ・・・じゃあ、トカゲも蛇もゲジゲジもいないなんてどんな部屋だったんだ?」
 心底不思議そうなロンの言葉にハーマイオニーも隣で激しく頷いていた。
「あのスネイプなのよ?」
「う・・・ん。なんて言ったらいいのかな。意外に片付いてるんだよ、普通なんだ。この部屋のほうが汚いくらいなんだよ。びっくりした」
 ハリーは散らかった談話室を見回しながら口ごもった。あの部屋で悪いことなんかなかった。使用している魔法使いだけが最悪なのだ。スネイプの部屋でさえなかったら、もっと言いようがあっただろうし、もっと楽に話せたに違いなかった。たぶん褒めて、今度は遊びに行きたいとまで言ったかもしれない。
 深緑色でまとめられた部屋は案外気分が落ち着くのだとか、ステンドグラスの衝立には大天使の絵が描かれているのだとか、おそるおそる口をつけた紅茶が美味しくて気に入ったのだけど銘柄は何なのだろうとか、床に座っていたらクッションが飛んできておしりの下に潜り込んできたとか、手元で浮いていたランプの灯は熱くなかったけどなぜだろうとか、室内は暖かく、適度に湿度もあって、そういえば咳も出なかったとか・・・言いたいことが心の中ではいろいろと渦巻いていたのだが、口にすることはできなかった。
 スネイプが嫌いなことに変わりはないけれども、まったく疑わずに心から嫌いだと思っていた昨日とは違ってしまったということを、スネイプをとことん嫌いぬいている二人にどうやって説明したら良いのかハリーにはわからなかった。
 数時間前までの自分だって誰がなんと言おうと、たとえロンが泣いても、ハーマイオニーが殴っても信じない自信はあったのだが、頭がどんなに否定しても心がほんの少しだけ、髪の毛一本分くらい疑ってしまったのだ。あの部屋。飛んできたクッション。紅茶。砂糖壺。もしかしたらスネイプは思ってたより・・・。
 僅差でマルフォイよりマシかもしれない。
作品名:チョコレイト・デイズ 作家名:かける