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チョコレイト・デイズ

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 このマッチは何がどうなっているのか、本当に必要なときにしかつかないようにできていて、ロンは何度もトライしているがいまだに一回もついたことはない。昨年の冬、湖におっこちて、がちがちと歯を鳴らして震えていたときにさえもだ。はっきり言って、このマッチは使い物にならないのではないかとロンは常々疑っていた。
「んもう、ロンったら。スネイプの年よ」
「あ? 五十くらいじゃないの?」
 どうでもいいようにロンは答えた。実際、ロンにとってスネイプの年なぞどうでも良い。
「いくらなんでもそこまでいってないわよ。四十五、六かなぁ」
「四十五、六も五十も大して変わらないと思うのは俺だけか?」
「僕もロンと同じでスネイプの年なんてどうでも良いけどね、スネイプは四十になってないよ」
 ロンの手からマッチを取りあげ、かごに戻しながらハリーは言った。昨日はかごから溢れるほどいっぱいあったのに、今日は三つしかない。いつもマッチ箱の数が違う。だいたい魔法で火をおこせるのにマッチは必要なんだろうか。
「なんでそんなことわかるのよ」
「だって、考えてもごらんよ。スネイプとシリウスやルーピン先生・・・父さんもだけど、同級生だったんだよ? 知ってるだろ?」
「そうか、シリウスはともかく、ルーピン先生は四十になってないよな。あの人よれよれだったけど、よく見ると若かったもん」
「なんでシリウスはともかく、なんだよ」
「シリウスって老け顔だろ?」
「ルーピン先生、どうしてるかしらねぇ」
 三人ともテーブルに両肘をついて、ぼんやり宙を見つめた。もちろん、ハーマイオニーとロンはルーピン先生のことを考えていたが、ハリーだけはどうしてもスネイプのことが頭から離れず、くしゃくしゃっと頭を撫でてくれた大きな手の平を回想してしまうのだった。
 あのとき、スネイプはチラリと見えたハリーの額の傷にわずかに目を細めた。すいっと傷を撫でていった指先はほんのり冷たくて、さらりとしていて。背筋に小さな雷のような電流が流れた気がして思わず息を止めた。
 昨日は眠れなかった。
 一人、ベッドで息を殺していた。そうしないと心臓が飛び出してしまいそうだったし、なんだか叫び出しそうだったから。あのスネイプに、たったあんなことをされただけで、ハリーは自分が喜んでいたことを知っていた。なんで僕は喜ぶんだ。僕の心は故障している。至急メンテナンスが必要だ。
「ハリー、ハリーったら!! ハーリーィー!!」
「あ、ごめん。何だった?」
「もう、ホントに大丈夫?」
 ハーマイオニーはハリーの額に自分の額を押し付けた。ハリーの目の端でロンが声にならない声で「あーーー!!」と叫んでいた。
 ハーマイオニーの髪から花の香りがする。女の子ってみんな良い匂いがするんだよなぁ。
 ハリーがチラッとロンを見るとうろうろと目が泳いだ。はっきりと口にはしていなかったがロンはハーマイオニーを女の子として意識しているに違いなかった。
 ハリーは額を押し付けられながら「大丈夫」と言った。
「うーん。熱はないみたいね」
 ハーマイオニーが首をかしげながら言った。腕組みをして、深刻そうなのがおもしろかった。ハーマイオニーに深刻そうな顔は似合わない。
 くすりと笑うとハーマイオニーも「もうっ」と笑った。
「・・・・・・オセロに似てるんだ」
 ハリーは目を伏せて小さくため息をついた。あのチョコレートみたいにちょっとビターなのにとろりと甘い感じなんだ。スネイプの癖してさ。あんなに嫌いだったのに。
「しっかりしてよ、ハリー」
「了解」
 にっこり笑うとハリーは少々ブスくれているロンの腕を取って席を立った。この後、まずはどうやってロンの機嫌を直そうかと考えながら。
 会えないとわかっているからこそ、今は無性にスネイプに会いたかった。


「ねぇ。忘れてたんだけどママが紅茶を送ってくれたの。もう八時を回っちゃったけどお茶にしない?」
 ハーマイオニーの一言で三人はお茶をすることになった。面倒くさいなぁと文句たらたらだったロンも、ハーマイオニーのバスケットに詰め込まれた杏のマーマレードとスコーンを見て黙った。もちろん、うず高くたまった宿題から一刻も早く逃げたかったというのもある。
 ハーマイオニーのまねをしてローブを羽織ったが、
「いったいどこに行く気?」
 ハリーはいぶかしげに尋ねた。お茶するのにローブ?
「ハグリットのとこ。あ、カップ持ってきて。あのバケツみたいなカップはいくらなんでも大きすぎるわよね」
 ロンは早くスコーンにありつきたいがためにハーマイオニーの言葉に素直に従い、ハリーの水色のカップと自分のシマシマ模様のカップを部屋から取って来た。
「さ、行きましょう」
 フードの中に栗毛を綺麗に隠すとハーマイオニーは、バスケットをロンに持たせた。
「まったく・・・」
 ロンはブツブツ言ったが、呆れているわけでも怒っているわけでもない。ハリーではなく当然のように自分に荷物を預けるハーマイオニーが可愛かった。
 
 ハグリットはちょうどやかんを火にかけていた。北風が吹き荒れる中を小走りにやってきた三人は一様に鼻の頭と頬を赤くしている。
「グッドタイミングだわ、ハグリット。ママが美味しい紅茶を送ってくれたのよ。お茶をしようと思って持ってきたの。スコーンもあるわよ」
「おお、そいつはええ。もうすぐたっぷりお湯が沸く」
 三人はいつの間にか定位置になった場所にそれぞれが陣取った。時計に例えるとキッチンを背にハグリットが十二時、ハーマイオニーが食器棚を背にした三時、ロンが戸口を背にして六時、ハリーが窓を背にした九時の場所だ。
「ハグリット、お皿を借りるわよ」
 ハーマイオニーはスコーンを手早く温めると樫の木で出来たお椀のような皿に次々に並べた。おそろいの小さな皿に杏のマーマレードをたっぷり移す。
「ああ、美味しそう」
「まだ、ダメよ。お茶を入れてから」
 伸びてきたロンの手をペシリと叩いて、ハーマイオニーはやかんを火から下ろすためにキッチンに立った。
「女の子はこういうことには厳しいんじゃ。何もかも綺麗に揃ってからって決まっておる。男は忍耐だぞ、ロン」
 ハグリットはいつ学んだのか大人しく座り、ハーマイオニーのお許しが出るのをじっと待っている。
 沸いたお湯をポットに入れているハーマイオニーの背中を見ながらロンはため息をついた。食べ物にありつける−それもハーマイオニーのママ特製のスコーンだ−ことに体が反応してからは勝手にお腹がぎゅるると音を立てていた。
「俺さ、ハーマイオニーと友達になってから忍耐力だけはついたよ」
 ロンはハリーにこっそり耳打ちした。
「それは言える。1年生の頃より怒らなくなったもんね」
 ハリーは苦笑した。ロンは気づいていないけど、完全にハーマイオニーの尻に敷かれてる。
「何をこそこそ話してるの。さ、カップを出して」
 三人は大人しくカップを差し出す。
「んー、いい匂い。このにおいがいいのよ。ロマンチックじゃない?」
 カップからはバニラの甘い匂いが漂っている。女の子の好きそうな匂いだ。
作品名:チョコレイト・デイズ 作家名:かける