【けいおん!続編】 水の螺旋 (第五章) ・下 +エピローグ
「私ね、二葉さんの夢の世界で、凜くんが私を庇ってくれた時、とても嬉しかったの。もちろん、凜くんがやられちゃったのは悲しかったけど、でも、凜くんがギー太の中に入って、一緒に戦ってくれた時は、凜くんと一体になれたような満足感があった…」
そこまで云って、唯は口ごもった。自分の話の雲行きが怪しいことに、自分で悟ったのだ。けれど、溢れる感情は抑えることができなかった。思い切って唯は、「ねえ…」と次の言葉を切り出した。
「私ね…」
ここで唯は凜の方を向いた。凜は相変わらず正面を向いていて、横顔が見える。唯は思い切って、核心の言葉を発した。
「好きだよ、凜くんのことが」
この言葉を受けて、凜が唯の方を見る。目が合った瞬間、唯は瞳を大きく剥いて、顔を赤らめた。
凜くんが好き…、唯はこれまでそんなこと思ってもいなかった。大切な仲間としての意味合いでの『好き』ならばあり得ただろうが、ここで唯が発した『好き』という言葉は、それとは少し違う部類の意味合いを含んでいた。言葉を発する直前になって、唯はようやく気づいたのだった、自分が今まで知ることのなかった、自分の真実(ほんとう)の気持ちに。
唯と凜は数秒間、互いの顔を見つめ合っていた。が、急に凜の口角が上がったと思ったら、今度は目じりも上がり、
「あはははははははははは…!!」
と、彼は大きな声をあげて笑い出した。
凜の突飛な行為に、唯は一瞬唖然となった。凜がこんなにも感情をあらわにするのを見るのが初めてで、少し戸惑ったというのもあった。しかし、一瞬後にはむしろ緊張がほぐれたらしく、
「何で笑うのよー」
とおどけた感じで聞いてみせた。
「いや、悪い悪い。あまりに急だったものだから。しかも、こんな短期間でふたりの人間から告白されるとは、こんな面白いことはない」
「本当に酷い奴。女の子の一世一代の告白を笑い飛ばすなんて、最低だよ」
そして、そんな男を笑って許せるのは私ぐらいのものだよ、とも唯は思った。
凜は大笑いをやめて、微笑みを浮かべて云った。
「まぁ、でも悪い気はしないな」
「悪い気はしない? 嬉しいんじゃないの?」
「嬉しいとは云い切れないな。とかく人の心は多様で難しく、正しさの決め手がない。特に恋愛の心理なんて分野はあまりに面倒で、自分から敬遠してた感がある。だから、恋愛対象として見られていると分かったところで、新鮮な驚きはあるが、嬉しいかというと少し違うような気もする」
「んもぅ、素直じゃないんだから…」
「素直じゃないんじゃない。自分の気持ちを冷静に分析した上での見解だ」
「もういい、よそうよ。私は今、生まれて初めて男の人に告白したんだよ。もう少し、その余韻に浸っていたいの。ま、理屈人間で情緒をもたない凜くんには、受け入れてもらえなかったかも知れないけどさっ」
またもや皮肉だった。もともと唯は言葉に裏表がなく、皮肉なんかをそこまで云うタイプではなかったが、今は皮肉に関してヤケに饒舌だ。雑誌か何かで読んだが、恋愛は自分の新たな一面を垣間見せてくれるらしい。唯自身も今、新たな一面を開花させているのだろうか。
皮肉は云えど、唯は楽しげだった。愛の告白という“重い話題”が、ここまで明るく話せるというのは、唯にとっても意外なことであった。凜は先ほどの高笑いを除いては、穏やかな様子だが、それでもいつもより数段楽しそうに見えた。凜自身も、いつもより気分が高揚している自分には気づいていて、自分も唯のことを大切に想っているということも分かっていた。ただ、やはり“恋愛”という観点での話になると、それは別問題だと、彼は知覚していただろうが。
「とにかく、私は凜くんと同じ時を生きていたいの。だからさ、一緒に還ろう。もし、私の『好き』という気持ちが凜くんに伝わらなかったとしても、仲間として一緒に生きてゆけるなら、それで私は幸せ…」
唯は突然、真面目な雰囲気になってこう云った。
凜は考え込むようにしてしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「残念だが、『一緒に生きる』こと、それはできない」
「…え?」
思わぬ凜の応えに、唯は悲しそうな声を漏らした。
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「一緒に生きられないって…、どうして?」
唯はおそるおそる訊いた。凜は飽くまで平然とした表情で答える。
「僕は二葉の世界で僕自身が消える寸前、自分の魂を君の世界に送りこむことで、君に力を与えるようにしたんだ。つまり、今の僕自身は君の世界と一体化しているようなものだ。まあ、完全にというわけではないけれど、少なくとも君と共有している記憶や感情、そういった類のモノは君自身のそれとがっちり合わさってる。つまり、ここから僕の魂を完全に取り出すことは不可能だ。仮に取り出すにしても、君と共有しているモノは残していかなくてはならない」
「つまりそれって…」
「そうだ。僕がもし現実世界に甦れたとしても、精神世界のことも、君と一緒に過ごした時も、君と一緒に出会った人も、そして君の存在さえ、忘れてしまう。つまり、君と僕との接点は途絶えてしまうんだ。まったくの赤の他人になってしまう」
唯にとって凜の言葉はショックであった。凜を助けても、彼と自分は赤の他人になってしまうのだ。『同じ時を仲間として一緒に生きる』という一番の願望は果たせなくなってしまう。
「どうだ、それでも僕を救い出したいと思うか」
「それは…」
唯は口ごもった。口ごもる自分が許せない。どうして「それでも助けたい」と即答できないのか。
そんな唯に対し、凜は少し挑発的な笑みを浮かべて続けた。
「または別の選択肢もある。このまま君が僕を連れ出すことなく、この世界に置いていくことだ。そうすれば、現実世界で僕が目を覚ますことはないが、僕は君の世界で永久に居続けることになる」
「そ、そんなこと…!!」
「どうしてだ? 僕は別にそれでもいいよ。別にあっちの世界には未練はない。むしろ、君が望むならココに居続けてもいいとさえ思ってる。たとえ、現実世界で君の人生が終わりを迎えたとしても、この君の世界はずっと残るんだ。結果的に、僕は永久的に君のものになる」
放すか囲うか。それは究極の二者択一だった。放せば、彼に未来を与えるが共には生きられない。囲えば、共に生きられるが彼の未来は閉ざされてしまう。いや、すべき選択は決まっているのだろう。もともと凜を連れて帰ることを目的としてやって来たのだから、彼の魂を自分から放してやるというのが筋だ。第一、囲うことは凜の前途を放棄させることを意味しており、そこまでやる権利は自分にはない。だが、感情がその決断をできなくさせていた。それどころか、唯にはどちらの選択が正しいのかさえ、分からなくなっていた。過度に大きくなった感情は、理性を超えてその人間の考えを支配し、歩むべき道を見失わせることがある。唯は今まさに、そういう状態に陥っているのだ。
「ごめん、ちょっと考えさせて…」
作品名:【けいおん!続編】 水の螺旋 (第五章) ・下 +エピローグ 作家名:竹中 友一