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【けいおん!続編】 水の螺旋 (第五章) ・下 +エピローグ

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 唯はそう云って、しばらく考え込んだ。考え込んだといっても、大きくなりすぎた感情と理性的な思考は矛先がまったく別のところにあって整合性がとれず、結果的に頭の中がぐちゃぐちゃにかき混ぜられただけに過ぎなかった。ひととおりかき混ぜたところで、唯の思考はデッド・エンドを迎えた。情報を処理しきれなかったパソコンが一時フリーズするかのごとく、唯の脳の思考回路が一時ストップしたのだ。
 ひとりで考えこむという方法は、ひとまず放棄した方がよさそうだ。唯はそう思って、凜に話しかけることにした。
「ねぇ、凜くん」
「何だ」
「凜くんの世界も、この精神世界には存在してるんだよね」
「もちろんだ。けれど、僕の魂が君の世界にある以上、僕自身の世界はあっても意味をなさないものになっているだろうけど」
「そっか…」
 唯はぽつりと云って、また少し考え込んだ。ひとりで考え込むのとは違い、別の人の話を取り入れたことで、多少は頭の回路がスムーズに働けた。

―― 現実を生きるということ。精神世界に自分の世界が残るということ……

 ふいに、唯には心の眼が開けたような心地がした。
「決めた。凜くん還ろう!」
「いいのか?」
「うん。私、分かったよ。人が生きること、それにはきっと、意味があるはずなの。どういう意味があるのかはまだ分からないけれど…。でも、人の感情や思いがこの精神世界に残るというのは、その人が生きて何かを成し遂げたってことの証になると思うの。凜くんを私の世界に囲うことは、そりゃあ私にとっては嬉しいことだけれど、でもそれって、凜くんの生きる意義を失わせてしまうことになる。私にそんな権利はないよ。凜くんはこれからも生きなきゃ駄目。生きて、凜くんの人生を成し遂げて欲しい」
 凜は唯の話を真剣な表情で聞いていた。そして、唯の話が終わると、こう返した。
「君の云いたいことは分かった。まぁ、生きることに意味があるっていうのはちょっと疑問だが…。実は僕は迷っていたんだ。このまま現実世界に戻ったところで、何かいいことがあるのだろうか、ってね。むしろ、君の世界の住人になった方が、僕としても心地よかった。けれど、君がそう願うのなら、そうしてもいい」
「私も凜くんも、何か他人と違う部分をもってるんだよね。だから、悩んだり苦労したりする部分も多い。けれど、生きていたら何かしらの答えはきっと見えてくるはずだと思うの。生きていこう。進むべき道は、お互い違うけどさ」
 唯には、自分より何歳も年上の人にこのようなことを云うのは、少し不自然な気がして、何だか可笑しくもあった。だが、これは自分に対しても凜に対しても、真に心から願っていることであった。
「ねえ、全然違うことなんだけど、ひとつ訊いてもいい?」
 唯は急に話題を変えた。
「ああ」
「私たち、もう少し違うタイミングで出逢えていたなら、恋人同士になれたのかな」
「さあ。どうだろうな。僕はそういうことに対する感覚が、人とはかなり違うらしい。だから、よっぽどのことがない限り、それは難しい気がするな」
「…そうだね。でもこれからは、恋もいっぱいできるようになるよ。ううん、恋だけじゃない。今まで味わえなかった幸せ、きっとこれからは味わうことができるようになるよ。凜くんの重荷になってるもの、すべて私の中に置いていけばいいの。きっと、凜くんは今まで、苦労してきたんだよね。私は今まであまり苦労なんてしてこなかった。だからその分、苦労を私が背負うよ」
 唯の大層な言葉を聞いて、凜は少しあざけるような笑顔を浮かべた。
「背負えるものか。人は誰しも、自分の人生を生きるのに精一杯なんだ。他人の問題を抱えるなんて、よっぽどの聖人君子でもない限り、おおよそ世迷いごとだ。余計なことを考えず、君は君自身の問題だけを背負えばいい」
 唯は少しムッとして、凜を睨んだが、凜はそんなことなど気にも留めない様子で続けた。
「僕のほうから、君にひとつお願いがあるんだけど、いいかな」
「何? 聞けるもんだったら、聞いてあげるよ」
「これからも、ギターは続けて欲しい」
 少し険しかった唯の表情が、「えっ」という言葉とともに、驚きの顔に変わった。
「君がギターを弾いてる様子を見ていて思ったんだ。『輝いてる』って。そんなに輝けるものがあるなんて、羨ましいと思う。だからこそ、続けて欲しいんだ。君にはこれからも輝いていて欲しいから」
 恥じらったのか、唯は少し顔を赤らめてうつむいた。
「そんなクサい台詞、凜くんらしくないよ。…でも嬉しいな、ありがとう。分かった、続けるよ。ギー太と出逢ったのは15の春だったけど、20才の春、100才の春までずっとギー太を弾き続けるよ…」
 唯はそれからひと呼吸おいて、意を決したように立ち上がった。
「そろそろ行こうか、凜くん。私の決意が揺れてしまわないうちに」
「ああ。そうだな」
 凜も立ち上がった。凜が目を覚ますためには、唯の世界を出て、自分の世界へと向かわなくてはならない。ふたりは並んで歩き出した。部屋を出て、唯がもと来た道を、逆方向に歩いてゆく。
 歩いている間、ふたりは無言であった。唯は凜と意識的に人ひとり分、距離をとって歩くよう努めた。近づきすぎると、溢れる感情が制御できなくなり、凜を行かせることができなくなってしまいそうだったためだ。それでも唯は願っていた。この道のりが、永遠に続くように。いや、永遠とはいかなくても、なるべく長く続くように。
 しかし、やはり終わりの時は来た。唯の世界の端っこまで来てしまったのだ。凜がここから一歩踏み出せば、彼は唯の世界から出てしまう。そんな場所でふたりは立ち止まり、見つめ合った。
 途端に、唯の涙腺は我慢がきかなくなった。彼女は顔をくしゃくしゃにして泣きだし、凜に抱きついた。
「嫌だよ、凜くん。行かないでよ! もう二度と会えないなんて、そんなの嫌だよ…!!」
 泣きじゃくりながら、唯は凜の顔を見上げた。こんな至近距離で彼の顔を見たのは初めてだった。凜も無表情ではありながら少し潤んだ瞳でこちらを見つめている。自分が少し背伸びをすれば、唇と唇を重ね合わせることもできそうだ。
 そう思った瞬間、半ば自発的に彼女はその行為をとっていた。思った通り、ふたりの唇は重なり合った。夢の中のキスは、甘く、愛おしく、かつ切なく、悲しいものであった。
 凜から唇を離した唯は、あえて凜から目をそらして云った。
「ごめんね。もう大丈夫だから…」
 凜は唯の頭をグシグシと撫でた。唯は「もう、子供扱いして…!」と云おうとしたが、その前に凜は唯の世界から一歩、踏み出していた。歩いてゆく凜。一歩、また一歩、凜が踏み出す度、彼は唯の世界から、そして唯本人から遠ざかってゆく。唯はその姿を見守っていた。そして、凜の後ろ姿が一切見えなくなってから、彼女はありったけの声でこう叫んだ。
「さよなら、凜くん。私、凜くんのこと忘れないよ! 絶対、忘れないから…!!」
 直後、言葉は嗚咽に代わり、彼女は大声をあげて泣き出した。その涙は、大好きな人の門出を祝う涙だと、彼女は思いたかった。


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「はっ」