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万能を恋と知る

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 ややあって本日は解散という流れになった。周りで雑談に興じていた仲間達がそれぞれ去って行き、最後に残った青葉と帝人は並んで駅に向かう。電車にのって、池袋について。そこで降りる様子を見せない帝人に、青葉は気づいた。
「? 帝人先輩、降りないんですか?」
「あ、うん。今日はちょっとこれから用事が……。青葉君こそ、はやく降りないと、ホラ!」
 慌てる帝人を他所に、電車のドアは軽い空気音を発して閉じてしまう。二人をのせたまま池袋駅を出てしまった車内で、帝人はため息をついた。
「ああ、乗り過ごしちゃったね、青葉君」
「…はい。まあ、次の駅で反対方向の電車に乗ればいいですから」
 乗り過ごした事で生じた時間のロスを全く気にしていない様子の青葉に、帝人はふたたびため息をついた。
「うん、でも、もう外真っ暗だし。はやく帰らないと危ないよ?」
 子供に言い聞かせるような態度に、青葉は思わず吹き出した。それでも従順にはいと頷いて、次の駅につくなり帝人に別れを告げ、足早に電車を降りる。
 そしてさっと人ごみにまぎれて身を翻し、同じ電車の別な車両に乗り込んだ。

 先ほどまで乗っていた車両の隣の車両まで移動し、帝人の様子をこっそり観察する。次は新宿、とアナウンスが流れたところで、うつむき加減だった帝人がぱっと顔を上げた。どうやら目的地らしい。新宿ときいて嫌な予感がした。帝人に気づかれないように共に新宿駅でおり、そっと後をつける。
(別に、大した意味があってやってる尾行じゃない、こんなの)
 ただ少しだけ、気になっただけの気まぐれだ。青葉にもう遅い時間だから危ないなどと言った帝人の方こそ、夜の一人歩きで胡乱な輩に絡まれたりしそうだから。だからって心配してついてきたとか言う程のものじゃない、ちょっとだけ、きになっただけ。そんな風に何故か青葉は自分に言い訳をしてしまう。
 と、前方を歩く帝人が誰かを見つけて手を振った。ああなんだ、一人じゃなくて待ち合わせかと、帝人の視線の先を追って。
 思わず顔を顰める。
 帝人が駆け寄った相手は、青葉が最も会いたくない相手だったからだ。

 夜の闇にまぎれながらも同時に浮かび上がる黒尽くめの男に会って、嬉しそうな表情を見せる帝人の横顔を、青葉は複雑な思いで眺めた。帝人が一人でないというなら、青葉の尾行もここまでで充分だろう。まあ連れがあの男だということは面白くないけれど。
 けれどその場に立ち尽くしてしまったのは、遠くに見える帝人の笑顔が先刻と同じだったからだ。ひどく柔らかで、楽しげで、幸せそうな。どう見ても単なる知人友人と出会えて嬉しいという顔ではない。さきほど青葉と臨也が似ていると言ったときに浮かべていた笑みも、臨也のことを想っていたから出た表情だったのだろうか。ということはつまり―――
(え、帝人先輩、あいつのことが好きなのか)
 一瞬学校で帝人と共にいる少女の姿が浮かぶ。帝人は杏里のことがすきなのだと青葉は思っていた。杏里なら好きになるのは分かる。青葉が初めて帝人とあったときから帝人がひどく杏里を大切に思っているのは伝わってきたし、杏里自身も愛らしく魅力的で、しかもいわんや女性だからだ。けれど。
(折原なんて、男じゃん。いや、そりゃ美形なのは認めるけど、でもそうじゃなくて)
 青葉は自分の心臓が急に重たくなったような気がした。そうじゃなくて、ちがう、そうじゃなくて―――と頭の中で自分でもわからない何かを否定し始める。帝人が折原臨也を好きなのは、おそらく態度から見ても確定で。そこは否定できない。では、同性に向かって恋情を抱いている帝人に嫌悪感を抱いているのか。それは違う。ショックを受けているが、それは帝人や同性愛に対する嫌悪からくるものではない。
(帝人先輩。先輩がすきになるの、杏里先輩じゃなくてもいいなら。男でいいなら、折原でいいなら)
 少しずつ、すこしずつ、青葉の中で自分がなににショックを受けたのかが理解できてくる。
(―――俺だっていいはずだ)
 受けた衝撃が収まった後は、嵐の後の海のように心が凪いだ。



 その男に似ていると言われると、青葉はいつも不愉快な気分になった。
 それは自分でも認めたくはないけれど、どこかしら憎くてたまらないその男と自分の間に共通点を見いだしていたからだ。そして似ていると言われながらも、周囲がその男の方を青葉より格上として扱っている事が気に入らなかったのだ。青葉を臨也に似ていると言う者はいても、臨也を青葉に似ていると評す者はいない。臨也と青葉では年齢も立場も違うということを差し引いても、青葉にとってそれは虫酸が走る程に不愉快だった。
 でも今はそれだけではない。折原臨也とはどうやら人間の好みまで似ているらしい。今ではそれがはっきりとわかる。臨也と青葉は同じひとりの人間の可能性を、ひどく楽しみにしている。そう理解して青葉はいっそう、その男が嫌いになった。
 けれど同時に心のどこかが燃えるように興奮している。それは折原臨也とはまったく関係なく、青葉自身の心の問題だ。
(先輩、帝人先輩。俺は、先輩のこと)

 
 
 自分に会えて嬉しそうに笑う年下の恋人に、臨也も機嫌良く笑いかけた。ここのところ臨也の仕事が立て込んでいて、会うどころかちょっとした電話やメールさえままならなかったのだ。久しぶりに見る事が出来た帝人の顔に、臨也の気分も上昇する。
(なんかおまけがついてきちゃってたみたいだけどね)
 可愛らしい恋人の後方に視線を流すと、その『おまけ』と目があった。
 青葉に帝人との関係を悟られることによるデメリットを計算する。それなりに色々とまずい展開も浮かんだが、まあ青葉もそんなことを吹聴してまわる莫迦ではないだろうし、切り抜けられないほどの問題は無いだろうと踏んで、臨也は完全に意識を帝人に集中することにした。青葉との視線を切ろうとした直前で、ふとその童顔に笑みが浮かんだ。その後即座に身を翻して去るその動作の中で、一瞬ひどく熱っぽく帝人を見つめた青葉に、臨也は眉を顰める。
(おや、自分で気づいたのかな黒沼青葉君)
(まあ、どっちかっていうと今まで彼自身が気づいてなかった方が驚きだけどね)
 青葉の明晰さから考えれば、帝人への恋心を自覚していなかった今までの方がむしろ不思議だ。まあそんなところがまだ子供らしいと思えば可愛いところがあるのかも知れないと結論づけて、臨也は今度こそ帝人に向き合った。青葉が帝人のことを好きなことなど、臨也はとうに気づいていたが、それを青葉が自覚したところで特にどうとも思わない。からかってやったら面白いかな、などとは少し思うが、そんな悪巧みより今はまず帝人だ。臨也から見て、青葉はまだ同じ舞台に上がってきた恋敵ではない。


作品名:万能を恋と知る 作家名:蜜虫