GOD BLESS YOU
えっちらおっちらと、なるべく人目に付かないように裏から遠回りなぞしてみてやってきた資料棟。やっと辿り着いた部屋には「整理中・入室不可」のプレート。
取りあえず何とか片手と膝で資料を支え、先程と同じくノックを3回。
コンコンコン。
・・・返事は、ない。
「・・・あれ?」
振り仰いでみて部屋を確認。――――第三書庫。
別に部屋を間違ったわけではないらしい。・・・現在はひっそりこっそり自分の上官が完全占拠中の筈なんだが。
取りあえずハボックが思案したのはほんの一瞬だった。このままぼさっと返事を待つより、むしろこの場を誰かに見咎められた方が拙い。その判断のもと、ちょっと片手で乱暴に扉を押し開け、はい、失礼します。
「おわ~…」
扉を閉めて、振り返った部屋の予想以上の惨状に思わず声が出てしまった。
書庫内は2.3日前に見た時と同じ場所とは思えない勢いで一変している。適当に引っ張り出したのだろう様々な本だのファイルだのがあちこちに堆い山を作り、付箋だメモ書きだのが辺りに散乱していた。
部屋の中央辺り、本棚に近い場所の微妙に空いたスペースを中心にして、ほぼ放射状にそれらが広がっているということは…ここに陣取っていたんだろうか。
隅に寄せられていた机の上には同じように資料の山。・・・ああ、机の上じゃ置くスペースが足りなかったのか。だから床に、って。おい。
佐官が床に直座りして資料漁りって。普通しませんから。
まぁ基本的に色んな規格・範疇からはみ出しているあの上官だから、それもありなんだろうけど、と。すぐに一応気を取り直して辺りを見回した。
返事がなかったし、もしかしたら寝てるのかも、と思ったら。
案の定奥の方に、仮眠室からひっぺ剥がしてきたらしい、見慣れた色の毛布が塊になっていた。ハボック自身よくお世話になっているペラい毛布だが、あれは何枚かっぱらってきているのやら。
内心でこそっと会議所の面々に謝りつつ、ハボックはファイルを少しだけ空いている机の上に下ろした。
さてどうするか。
中央に転属してからまだ間もない。
落ち着く間もなく次々に放り込まれる仕事を片付けながらありこちに指示を出し、そんな中でも少しでも時間があれば、こうして書庫に籠もりながら、空いた時間すべてを情報収集・分析にあてている。
ここしばらくは体力に任せて乗り切っているようだが、そろそろどうにかしないと。と、中尉と話したのはつい昨日の事だし。
眠れるのであれば、寝かせておいた方が良いような気もするが…。・・・それにしても相変わらず気配も薄けりゃ、寝息も聞こえない。彼はまるで死人のように眠る。それはかつて観察した時に知った事だが少々静かすぎるような・・・。
「大佐?」
呼び掛けてみるが反応はナシ。
「大佐ー? 資料持ってきましたよー」
身動き一つしない。
・・・おいおい、大丈夫かこれ。
「た」
「…何だ、やっと来たのか」
「おぅわ!」
まったく前触れもなく開いた背後の扉に圧されるように、反射的に一挙動で飛びすさろうとした途端、ゴツ、と鈍い音と鈍い痛み。
「あ」
どさどさどさ
・・・おまけに不吉な音がした。
「・・・・・・。」
振り返った先の惨状も怖いが、目の前に陣取る上司と視線を合わせるのも怖い。
…えーと。
しかし一旦天井へと避難させていた視線を諦めて下げると、予想外な事に上司は満面の笑みを浮かべていた。・・・余計嫌な予感。
「どちらにしろ、その机のものを片付けて貰うつもりで呼んだから構わんがな、私は」
わー、やっぱり。
雑用バンザイ・・・!
どのみち、はい以外の返事が出来るはずもないんだが、にこにこと笑顔で返答を待つ、大変爽やかなその笑顔が憎かった。
どうやら上司は隣の書庫から資料を拝借しに席を外していただけらしい。
「・・・って、この辺の部屋みんな鍵掛かってませんでしたっけ」
取りあえず、机の上に積み重ねられていた用無しになった資料を片っ端から本棚になおしながら聞くと、彼はひょいと肩を竦めて内ポケットから鍵束を取り出してみせた。
・・・何処かで見たような鍵な気がするが、そんな色してましたっけ。
と、そこまで考えて、ある可能性を思いついた。
うわぁ…反則技使いまくり。
作ったな、さては。
「記憶はあまり定かでなくても鍵の構造パターンを理解していれば大抵の物はいけるぞ」
いけしゃあしゃあと言ってくれるが、バレたらすっごいマズイのでは。思わず身体を引きかけるが、この人がそんな所でヘマするようなタマではないかと思いなおす。
「…便利っすね、それ」
やはり錬金術師には鍵なぞあってないようなものなのか。それともあの兄弟やこういう人が規格外なのか。しかし良いのかなぁ、こんなのに権力持たせて。
そういえばある種自分もその恩恵と迷惑を同時に被ってる(精神的なものをあげれば弊害の方に軍配が上が、いやいやいや)のを思い出して、ハボックは微妙に視線を遠くへ投げた。・・・考えないようにしよう、うん。
「…何か出ましたか?」
さて、と彼は短く一度言葉を切って、ハボックが持ってきたファイルを繰りながら顔を上げないまま続けた。
「どうだろうな。今のところ軍がどれだけきな臭い事をやってきたかの再確認みたいな状態だが。それすら飽和気味だ」
それはそれで後で使えるかもしれんが、と平然と続けられたのに少々眉が寄った。
しかも気付かれたのか、小さく笑われた気配がする。…修行が足らない。
それでも、もう慣れたとでもいうふうに口元だけを歪めて笑う彼から視線を逸らして、最後の本を指示された本棚に少々手荒に突っ込んだ。大したことをしていないというのに、自然大きく息をつく。
「終了、っと。・・・しかしこれ元の位置なんですか? よく憶えてますね」
「そんな訳ないだろう。適当に同系統を並べてはあるが」
「…いーんですか?こんな引っかき回して」
「何のために整理中の札を下げてると思ってるんだ」
「ああ、なるほど」
「あとでシェスカ嬢に確認してもらえばある程度取り繕えるだろう。――――向こうの様子は?」
少々声が潜められる。
本棚から離れて机の前まで来ると1本良いですか、と問うた。
「書庫内は原則禁煙」
「労働報酬ってことで見逃して下さいよ」
「安いな、お前」
それをあんたが言いますか。
反射的にツッコみそうになったが、取りあえず踏み止まれた。これ以上言えば更なる切り返しが待っているだけだと、いい加減学習している。
逆にそれ以上返ってこなかったのが不満だったのか、微妙に不満顔だ。危ない。
取りあえず許可も頂いた事だし、遠慮なく、と煙草に火をつけて深く吸い込んだ。
「…特に変わった所はありませんね。差し入れ持って行きましたけど、行くまでにつけられてる様子もなかったです」
「退屈してただろう」
「この間大佐が差し入れしてたゲーム2人でやってましたよ。飽きたみたいでしたけど」
「アレは存外頭が良い」
「オカシイですけどね」
今度は上司はファイルを繰る手を止めて顔を上げた。別に興味を引くような事を言ったつもりはないんだが。
「おかしいと思うか?」
いや、そりゃまぁ。
作品名:GOD BLESS YOU 作家名:みとなんこ@紺