二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

【シンジャジュ】我儘な子供

INDEX|11ページ/14ページ|

次のページ前のページ
 




 意識のないジュダルを抱えて寝台に運び、憔悴の滲む寝顔を呆けたようにぼんやりと見下ろしていると、コンコンと自室の扉の鳴る音が聞こえた。
 今はとても人と会って話をする余裕はないから、余程の急用でなければ対応を断りたかったけれど、ドアの向こう側に立っている人物の気配を察して、これはとても誤魔化せないなと覚悟を決める。
 物事に頓着しない性分の彼がわざわざ自分の部屋を訪ねて来るなんて、珍しい事この上なかった。その原因だと思しき少年の血色の悪い寝顔を見下ろして、ジャーファルは小さく溜息を吐く。汗ばんだ額に貼り付いている前髪の束をそっと横に払ってやってから、思い腰を持ち上げて自室の扉へと緩慢に向かった。
 施錠していたドアを開けると、思った通りの見慣れた長身の面影があった。
「マスルール」
「ども」
 申し訳程度に頭を下げた後輩の髪は、朝陽を浴びて益々燃えているように深く赤み掛かっていた。
「遅刻常習者の君が早起きなんて、珍しいですね」
「すいません。珍しい匂いがしたんで」
「ああ……」
 やはり勘付かれていたらしい。
 遠方に居ても一度嗅いだ事のあれば人物の特定が出来るほど鋭い嗅覚を持つファナリスの彼に、隠し事は無用だった。ジャーファルは納得したように微苦笑を浮かべる。
「貴方に秘密は作れませんね」
 どうぞ、入ってくださいと扉を広げ、後輩を自室へと招き入れた。
 マスルールは僅かに逡巡したようだが、すぐに頷いてややぎこちない足取りでやってくる。
 室内を見渡す事なく、真っ直ぐ寝台に眠っている少年の影に視線を向けた。
「今朝方、シンの部屋の前に立っていました。今は眠らせています」
「…………」
 マスルールに尋ねられるよりも早く、ジュダルが此処に居る理由を手短に伝える。
 先ほど放り出してしまった水差しの破片を拾い集めて、ジャーファルは危なくないようにテーブルの上に置いた。中身の水は既に絨毯に染み込んでしまい、諦めるより他に術は無い。
「苦しそう、すね」
 カチカチと金属片の鳴る傍らで、扉とは対角線上にあるベッドから時折喘いでいるような荒い息遣いが聞こえていた。
 それにポーカーフェイスの瞳を微かに潜ませて、マスルールは感想を述べる。此方の反応を窺っているような視線に、ジャーファルは小さく肩を竦めた。
「すみません。この件は、私に任せて貰えませんか」
 他の八人将たちや、ひいては他国に向かっているシンには内密に、自分一人だけの力でジュダルの身柄を預かりたいと思っていた。
 奢った主張を向けているという自覚はあったが、少なくとも自分は今、シンドリアの誰よりもジュダルの内情に通じている。それに人一倍警戒心の強いジュダルだから、自分が誰かに話を漏らしたと知ればその時点で信用を失う事になるだろう。「一人にするな」と言い、抱き締めた腕の中で眠りに落ちた事を鑑みれば、僅かながらもジュダルは自分に心を開きかけているのだろうと感じていた。せっかく築き始めた関係を、第三者の闖入によって覆されたくはない。
「前に、シンさんが言ってました」
「え?」
 唐突に喋りだしたマスルールの言葉の意味を捉えかね、ジャーファルはキョトンと首を傾げた。
 朴訥な口調で突然話し始めるものだから、マスルールの第一声は聞き逃される事の方が多かった。本人もそれは自覚しているのか、思わず疑問符を向けてしまった事に対して別段気を悪くした様子は無い。相変わらずのマイペースさを発揮したマスルールは、低い声でぼそぼそと話を続けた。
「シンさんが言ってました。霧の団と戦う前」
 ――なぁ、マスルール。あいつは子供の面倒見が良いだろう。
 ――?
 アリババの兄であるバルバッド王に霧の団の壊滅を約束した次の日、金属器を持っていない自分の代わりに盗賊団の退治をアラジンに依頼したシンに向かって、子供を戦わせるべきでは無いと咄嗟に反論していた。その自分を見て、シンはこっそりとマスルールに耳打ちしたのだと言う。
 ――あいつが子供を庇いたがるのは、幼い頃から戦いに身を置かざるを得なかった自分のような子供を、増やしたくないからかも知れんな。
「…………」
 話し終えたマスルールの言葉を理解するまでもなく、ジャーファルの胸には苦い気持ちが広がっていった。
 シンがそんな事を言っていたのか。
 後から事実を聞かされて、ジャーファルは眉を険しく寄せる。
 至極まっとうな一般論として、非力な子供を戦わせるべきではないと感じたから進言しただけの事だ。別に他意があった訳ではない。だが自分の過去を知っているシンにとっては、心情を深読みするには充分な言動だったのだろうか。
 もしかしたら、自分では気がついていなかった無意識の本心を、シンには看破されていたのかも知れない。
 過酷な宿命を背負うアラジンやアリババに同情的になり、微力ながらも力になってやりたいと思っている感情の根底には、自らの幼い頃に体験した心的外傷があるのかも知れない。
(それは多分、ジュダルも同じように)
 マスルールが態々自分の部屋に尋ねてきてまで今の話を明かしたのは、ジュダルに憐情し、本来の目的を見失って彼を取り逃がすような真似はしないようにと、マスルールなりの忠告の意味があるのだろう。
 ジャーファルは血の感触のする指先をきつく握り締める。
 自分は、ジュダルに己の過去を重ねているのだろうか。
 目的の為には手段を選ばず、誰かを不幸にすることも、大勢の命を殺めることすら厭わずに、与えられた命令だけを完遂するよう強制される行動。それが正しいのか、正しくないのかを考えるための自我は許されず、殺戮こそが己の存在意義なのだと暗示を植え付けられる。まるで見えない糸が四肢に巻きつき、雁字搦めになっているかのように。
 そのしがらみを全て破壊し、自由になっても良いのだと絡まった糸の中から救い出してくれたシンがいたから、自分には新たな存在理由が出来た。一生を掛けてシンに恩返ししたいという崇高な生きる目的が出来た。
 もしかしたらジュダルも、昔の自分と同じように殺され続けた心を救い出して欲しいと願っているのだろうか。
「残念すけど、任せるのは無理そうです」
「え?」
 ポツリと呟かれたマスルールの声に反応して顔を上げた瞬間、室内に生じ始めていた不穏な空気を察してハッとなる。
 慌てて後方を振り返ると、ジュダルの眠っている寝台の周辺が黒い靄のようなものに覆われていた。
(黒いルフが……!)
 よく見れば靄は小鳥の形をしていた。
 漆黒の小鳥達の群れがジュダルの身体を包み込もうとしている。ザワザワと集まっているそれがポゥッと鈍い光を発し、少年の全身が黒い霧のような物に包まれたかと思えば、横たわっていたジュダルの身体がふわりと浮き上がった。彼の周りだけ夜闇に覆われているような黒い光の中で、深紅に染まった二つの眼球がゆっくりと開いていく。
 次の瞬間、パァンと空気の破裂したような衝撃波が室内を襲い、ジャーファルは危うく吹っ飛ばされそうになった。後方に投げ出された身体を、寸でのところでマスルールの腕に抱きとめられる。
「……っ!」