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【シンジャジュ】我儘な子供

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「アラジン」
 王宮の中庭に座り込み、ぼんやりと空を見上げている少年に、ジャーファルは声を掛ける。
 ちょうど森の方角から陽が昇りはじめ、豊かな緑葉を紅く染めている最中だった。呼び声に気が付いた彼がくるりと振り返ると、幼い顔立ちは橙の光に照らされる。
「おはよう、ジャーファルおにいさん」
「おはようございます。こんな朝早くにどうしました?」
 いつからこの場所に座っていたのか、体調を心配してジャーファルが問い掛けると、アラジンはにこりと笑顔を作った。年相応の無邪気な笑みではあったが、出会った頃の全身で感情を表現していた頃とは異なる、何処か大人びた憂いを醸し出している。
 まだ友達を失った哀しみから抜け出せないでいるのだろう。アラジンの両手はしっかりと金色の笛を握り締めていた。八芒星のマークが消えてしまっても、友達の宿っていたそれを大切に首から下げて持ち続けているのだ。突然の別離を余儀なくされた少年の心を思うと、ズキリと胸が痛くなる。
「ここから見る夜明けの空がきれいでね、何度でも見たいと思うんだ」
「そうですか」
 つい数ヶ月前まで何処か知らない部屋に閉じ込められ、一度も外に出た事がなかったというアラジンにとって、広大な自然の風景は未だに新鮮なようだった。少年の純粋な心に触れて、ジャーファルの頬にも微かに笑みが浮かぶ。
「隣に座っても?」
「もちろんだよ。どうぞ」
 ぴょこんと座る位置をずらして、アラジンはジャーファルの座る場所を確保してくれた。話し相手が出来て嬉しいのか、先刻よりも少しだけ元気を取り戻したようだった。それにホッと安堵して、ジャーファルは彼の隣に腰掛ける。
「シンドリアの暮らしには慣れましたか」
「うん、だいぶ慣れたよ。みんなとっても優しくしてくれるから。ここは明るくて、活気があって、光に満ちた良い国だね」
「ありがとうございます」
 自国を褒められるのは悪い気はしない。シンと共に建国から携わってきたジャーファルにとって、シンドリアは愛しい我が子のような存在でもあった。自然と頬に笑みが上り、瞳と唇が綻ぶ。それに釣られたようにアラジンもフフフと笑った。
 和やかな空気の流れた所で、やや重たい本題に入るのは気が引けたけれど、余りゆっくりしている時間もない。
 意を決したジャーファルは、膝を抱えて座った姿勢からアラジンへと尋ねた。
「ごめんなさい。君にとっては辛い思い出だと思うけれど」
「何のことだい?」
「ジュダルと戦った時のことを、聞いてもいいですか」
「…………」
 問い掛けに対してアラジンは表情こそ穏やかなままだったが、パタリと口を噤んだ。
 こちらの思惑を探るようにジッと目を見詰めてくるのを、ジャーファルも視線を逸らさずに真っ直ぐ見詰め返す。軽い気持ちで尋ねている訳ではなく、自分はそれをどうしても知らなければいけないのだという強い決意を眼差しに込めて、真摯に希った。
 少しずつ高くなる陽の光と、緩やかな微風と共に、しばしの時が流れていく。
「僕もね、ずっと考えていた事があるんだ」
 澄み切った早朝の空気を断ち切るように、アラジンは口を開いた。
「考えていたこと?」
「そう。もう一人のマギの事」
 聞いてくれるかい? とアラジンの蒼い瞳が俄かに細くなる。
 笛を持つ手にぎゅっと力が籠ったのを、ジャーファルは視界の隅にちらりと目視した。
「もちろんです。私でよければ」
「ありがとう」
 力強い語尾で首肯すると、緊張に強張っていたらしいアラジンの丸い肩からふっと力が抜け落ちた。打ち明ける事を躊躇っていたようだが、ようやく迷いが晴れたらしい。前を向いて瞳を伏せたまま、訥々と話し出した。
「あの人に見せた記憶が、どんな経緯の物かは分からないよ。簡単に推測して良いお話じゃないし。ただね、がんじょうな部屋を出る前にウーゴくんが言っていたんだ。僕は優しく成長したから、もう世界の異変の主に心を操られてしまう事はないだろうって」
「…………」
 アラジンの告白を、ジャーファルは言葉を挟む事無く静かに聞いていた。己の立てた仮説と彼がほぼ同じ結論に達しているらしい事を知ったが、彼自身の指摘の通り、簡単に口に出すべき話題では無い。それをアラジンも心得ているのか、寡黙を通しているジャーファルを気に留めることなく続きを喋り始めた。
「この間、ウーゴ君とお別れする前にも聞いたよ。本当はもう一人のマギもつれてきたかったけれど、邪魔をされてしまったんだって」
「邪魔を?」
 確かにあの時、アラジンの身体から巨大な鳥の形をしたルフが飛び立つのをジャーファルは目撃していた。少し離れた場所にも同様の光る鳥が舞い上がるのを見たけれど、もう片方は黒ルフの群れに阻まれて、地上へと押し戻されてしまったのだ。あれはジュダルの魂だったのかと今更ながらに思い至った。
「今になって分かったんだ。僕はあの部屋で、ウーゴくんにずっと護ってもらっていたんだね」
 切ない郷愁を浮かべて、アラジンは掌の中の笛をジッと見下ろしている。
「ジャーファルおにいさん。もしかしたら、黒く染められたマギになっていたのは、僕だったかも知れないね。もし僕の方が先に生まれていたら、もし僕がウーゴくんに助けてもらっていなかったら、こわい人たちに連れ去られていたのは、僕だったかも知れない」
 生まれた村を焼き払われ、両親や大切な人たちを目の前で殺され、闇の組織の元へと連れ去られる。幼い少年の心には深い絶望と哀しみを植えつけられ、それを利用して堕天させられたに違いない。そうして「マギ」の少年を手に入れた組織は、自分たちの目的を遂行するための駒として少年を利用している。
「あの人がやった事を、僕は許せないよ。たくさんの人たちが怪我をして、命を落として、哀しい思いをした」
 多数のバルバッド国民を巻き込み、多くの血が流れた先の戦乱を思い出したのか、アラジンの表情が辛そうに歪む。
 でもね、と言葉を濁らせて、アラジンは大きな蒼い瞳を揺らした。
「あの人を、助けてあげたい……そう思う僕は、甘いのかな」
「……アラジン」
 心優しい少年は、ジュダルの記憶を垣間見た事によって彼と戦うべきか否かを迷っているようだった。マギとして同じ宿命を持つ者として、ジュダルの境遇を他人事のように思えないのだろう。もし再び戦場の中で相対したら、共に戦うと決めたアリババやモルジアナ達を守る為に杖を向けなければならない。だが、本当に斃さなくてはいけない相手はジュダルの背後に居る組織だという事を知った今、少年の心に拭い去れない葛藤が生じているようだった。
(もし、今……二人を引き会わせられれば)
 ジュダルが不安定になっているのは、組織の黒いルフの力が弱くなっているからではないだろうか。
 だとしたら、今がチャンスなのかも知れない。過去の記憶が戻り掛けているらしいジュダルに、もう一度アラジンの「ソロモンの知恵」を浴びせれば、闇の呪縛からジュダルの心を解き放ち、正しく導いてやれるかも知れない。
 突拍子も無い思いつきではあったが、新しい可能性に心は急き、ジャーファルはゴクリと生唾を飲み込んだ。
 すぐに隣に座る彼に向かい指先を伸ばそうとした刹那、不意にアラジンはふわりと立ち上がった。