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【シンジャジュ】我儘な子供

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 最も優先しなければいけないのはシンを護る事だ。その為に自分は此処にいる。シンに付いていくと決めた時から、それだけが自分の存在意義だった。
(今すぐ消しておくべきだ……)
 ジュダルへの処置を冷静に考え直したジャーファルは、袖下に潜ませている鏢の刃面にそっと触れる。この切っ先を少年のがら空きの胸元に一撃振り下ろすだけで良い。それで事は足りる。何も難しい事は無い。
(……?)
 ふと鏢に触れている指先に濡れた感触を覚えて、ジャーファルは袖口から手を引き出した。何だろうと訝しく思い目を向けると、人差し指から中指に掛けての皮膚が裂けている。未だにじくじくと新しい血を滲ませている所為で、指を伝ってポツポツと床に垂れ始めていた。そういえば舌を噛み千切ってしまわぬようにと自分の指をジュダルの口の中に押し込んだ事を思い出す。
 まずいな、と思った。
 利き手の指が此れでは、鏢を穿つ際に握力が足りず、敵を逃がしてしまうかも知れない。戦闘に指を使う事くらい承知しているのだから、少なくとも反対側の手を噛ませれば良かったのに、動転するあまりそんな当たり前の事にも気が付かなかった。己の愚鈍さを呪うよりも、今は鏢を上手く扱えないかも知れ無いという可能性が浮上した事実にホッと胸を撫で下ろしている自分を皮肉に思う。ジュダルを殺さなくても良い理由を懸命に探して、それを見付けてしまった。だから今日はやめておこうとあっさり決断してしまえる自分が滑稽だった。本当の戦場ならば例え指がもげても鏢を扱う事を諦めはしなかっただろうに、いつから私はこんなに甘くなってしまったのだろうか。
 僕は甘いのかな、と切なそうに心情を吐露したアラジンの声が脳裏に再来する。
 そうだ、やはりアラジンに協力を煽ろう。彼の魔法をもう一度ジュダルに試してみるのだ。そうしてこのままジュダルを煌帝国にも返さず、シンが戻ってくるまで自分の部屋に繋いで閉じ込めておけば良い。それでも改心しなかった場合に限り、消すことを考えよう。だから今すぐ息の根を止める必要は無いのだ――。
 ようやく思考が纏まりかけた刹那、不意にパサ……と微かな衣擦れの音がするのを聴覚が捉え、ジャーファルはハッと意識を浮上させた。
 水を汲むのもそこそこに洗面スペースを飛び出してみれば、ベッドの上に起き上がり呆然と目を見開いているジュダルの姿を見つけて驚いた。
「ジュダル、起きたのですか?」
 声を掛けると弾けたように肩が飛び上がり、目鼻立ちのくっきりとした顔がくしゃくしゃに歪んだ。その表情の変化にジャーファルは更に驚愕する。
「……うそつき」
「え?」
 飲み水の入った器を持ってベッドに歩み寄ろうとすれば、喉の奥でくぐもっているような低い呻き声がジュダルの噛み締めた唇から漏れた。
「ふざけんなよ……大丈夫だって言ったじゃねぇか……っ」
 じわり、と大きな瞳に膨れ上がった涙が、頬を伝うことなくポタポタと敷布に滴下する。眼差しの鋭さが印象的な彼の目に浮かんだ涙に、ジャーファルは柄にもなく息を飲んで言葉を失った。
 失語して立ち尽くしているジャーファルに焦れたのか、ジュダルはのそりとベッドから起き上がり、ペタンと床に降り立った。だが睡眠薬の効いた身体はまだ本調子では無いらしく、歩き出そうとしたジュダルの上肢がグラリと斜め前に傾ぐ。
「ジュダル!」
 手にしていた器を放って、ジャーファルは咄嗟に駆け寄っていた。腕を伸ばして倒れる寸前の所でジュダルを抱き留め、ぐったりと脱力している身体を自分の方に靠れさせて肩を支えてやる。するとすかさずジュダルの腕が背中に回ってきたのに驚いた。
「っかやろ……一人に、すんなよ……ッ」
「……っ」
 血を吐くように吐き出された言葉に、頭蓋骨をハンマーで殴られたようなショックを受けた。
 もしかしたら、この子はずっとずっと寂しかったのではないだろうか。
 幼い頃に両親と引き離され、まことに愛してくれる者もなく、己を駒としかおもっていないような奴らの中で孤独に生きていた。成長した今でも思慮に欠けた子供のように身勝手に振る舞う姿は、寂しさの裏返しだったのだろうか。
「ごめんなさい……」
 無意識のうちにジャーファルは謝っていた。頭で考えて告げた言葉では無かった。理性よりも本能で、この寂しがりやな一面を持つ少年を労わり、支えてやりたいと思えた。だが、背中に回ったジュダルの腕が頼りなく震えているのを感じても、自分には強く肩を抱き返してやる事くらいしか出来ない。
「ごめんなさい、一人にして」
 心からの誠意を込めて謝罪の言葉を紡ぐ。
 彼を部屋の中に独りぼっちで取り残していくべきではなかった。ひと時も目を離さずに傍に居てやれば良かった。
 眠っている間は他人の存在など邪魔でしかないと思い遠慮したが、もし自分が傍に控えていれば、苦しそうに魘されていても手を握って励ましていやれたら、怖い夢を少しでも緩和してやれたかも知れない。
(私が楽にしてあげると言ったのに……)
 シンの部屋の前に立っているジュダルを見たときは、情緒不安定になっている彼の弱みに付け入る絶好のチャンスだと思った。脆い部分に踏み込んで精神に深い傷を負わせれば、ルフの加護を受けるマギとは言えども大きなダメージを与えられるのではないか。上手くいけばアルサーメンの情報をも引き出せるかも知れない。そんな風に考えていたのだ。
 利用することしか考えていなかった。シンを好きなのなら、そこを容赦なく突いて徹底的に潰してやろうと画策していた。こんなに弱々しく震えている子供を、陥れる策しか弄していなかったのだ。
(同じだ……私は、あの組織の奴らと)
 大切な友達を奪われて恨んでいる筈のアラジンですら、ジュダルを斃すべき宿命を背負った己に疑問を抱き、出来れば闇の束縛から救い出してあげたいと思い悩んでいたのに、何時の間に自分はこんなに汚れてしまったのだろう。
(……違う。そうじゃない)
 シンを護るという唯一無二の目的の為ならば、どんな手段を使う事も厭わない。表向きは礼節と博識を備えた大人の振りをしながら、生涯でたった一人だけ忠誠を誓った我が王の為なら、たとえ相手が子供だったとしても刃を向けられる。今まではその思考に微塵の疑問も感じなかったのに、何故かジュダルに限っては良心が悲鳴を上げるのだ。
 何故、この少年の事を放っておけないと、自分は思い始めているのだろう。
「ごめんなさい……ジュダル」
 脚に力が入らなくなり、ガクンと膝から崩れ落ちる。全ての体重を自分に預けているジュダルも一緒にズルズルと床に座り込んだ。強い力でしがみ付かれている為、衣服の摩擦が発生して頭に巻いているクーフィーヤがほどけ、ハラリと床に舞い落ちる。ふわりと浮かび上がった濃灰色の髪がジュダルの額をくすぐった。
「もう、一人にしません」
 ペタン、とジュダルを抱えた状態で床に蹲ったジャーファルは、自らも背中に腕を回してしっかりと抱き返してやる。
 黒髪に手を差し入れて優しく梳いてやると、それで安心したのかぎゅうっと強くしがみ付いていたジュダルの握力が微かに弱まった。覚束無い手付きで恐る恐る髪に触れて来る。
「おまえ……まっしろなんだな」