血ノ涙
アイリはビッキーと共にホウアンに頼まれた物を持って城の入り口の階段を駆け上っていた。負傷者が続出し、次々と本拠地に運ばれてくる。戦争に出ていないアイリ達はホウアンの手伝いをしていた。普段はどこか抜けた所があるビッキーも、深刻な顔で両手いっぱいに包帯やタオルを抱えている。これが戦、そう思ってしまうのを、アイリは首を振ってやり過ごそうとした。すると突然、ビッキーが階段の途中で立ち止まった。
「どうしたんだい?」
「……ルック君」
アイリがえっ? と声をあげた時、石版の前の空間が発光し始める。光の輪の中からルックが崩れるように出てきて、そのまま倒れた。
「ルック君!!」
ビッキーは手にしていた物を投げ捨てて階段を駆け下りる。アイリも後を追った。
「ルック君! 大丈夫?! ルック君!!」
「……っ、うるさ、いよ、ビッキー……」
抱え起こされたルックは悪態をつきながらも、顔色がひどく悪い。
「おい、大丈夫か?!」
「別、に」
そうは言いながら、ルックは今にも消え入りそうな気配だった。
「誰か呼んできた方がいいね」
アイリが立ち上がろうとすると、ルックに鋭い目で睨まれた。
「大丈夫、だって……さっきから……」
「そんなこと言われたって、そんな状態じゃ」
「余計なこと、っ、しなくていい……!」
「ルック君」
息をあげるルックの名を、ビッキーが静かに呼ぶ。アイリは思わずルックに反論しかけていた口を噤んだ。ビッキーの声が、瞳が、今にも泣きそうだった。
「ホウアン先生には言わないよ。誰にも言わない。だから、休んで。ね?」
ルックは短く息を吐き、長い睫毛を伏せる。そのまま眠るように気絶してしまった。ビッキーは細い腕でルックを抱え、立ち上がる。
「ビッキー、どうするつもりだい?」
「ど、どこか、人が少ないところへ……」
「……そうだね、それがいい」
アイリは持っていた包帯やタオルを何事かと寄ってきた人達に頼み、ビッキーが支えているのとは反対側に立って、ルックの腕を肩に乗せた。
「アイリちゃん」
「あんた一人じゃ無理だろう。リオウの部屋に運ぼう。あそこならしばらく人も来ないはず」
なによりアイリにとって、あそこがこの世で一番安全な場所に思えた。ビッキーも頷き、右手の紋章を輝かせ始める。失敗はしないだろう、と、アイリは確信できた。