血ノ涙
「リオウ! リオウはどこ?」
旗の所まで来ても、リオウの姿が見えない。思わず膝をついてしまいそうになった時、肩を叩かれた。
「よう、どうしたんだ?」
振り向けば、戦場に似合わないほど軽い笑顔を浮かべたシーナが立っていた。それでも、名刀と噂される剣はむき出しのまま持っている。
「リオウがどこにいるか知ってる?」
「ああ、旗の下にはいない。こっちだ」
あっさりと言って歩き出すシーナの背を見て、ナナミはようやく自分を取り戻した。案内されるがままついていくと、新同盟軍の旗より後方にリオウはいた。
「ナナミ、どうしたの?」
「リオウこそどうしてこっちに!」
「旗の下にいるのは危ないだろ。敵にリオウはここですよって言ってるようなもんだからな。今はリオウの所在を明確にしなくても大丈夫だし」
シーナは当たり前のことのように言うが、リオウは微妙な表情になる。
「リーダーの僕が戦わなくちゃいけないのに」
「今リオウがいなくなることの方が問題だからな。囮も自分の身代わりっていうより、作戦のひとつだってぐらいに思えばいいよ」
軽い言い方に、リオウも表情を崩す。ナナミは自分を見ているようだった。
「ナナミ?」
リオウに声をかけられ、ずっと溜め込んでいた思いが溢れ始める。飲み込んで、でも飲みきれず、掠れた声が出る。
「ねぇリオウ、もっと下がろう」
ナナミの言葉にリオウもシーナも首を傾げてくる。状況的には新同盟軍が押している。今も自分たちのいる親衛隊はルカ率いる白狼軍本隊と睨み合うキバの援護に回っているようなものだった。でも、ナナミは嫌な予感が拭えなかった。体中の震えは収まっても、心のざわめきは消せない。
「危ないよ、もう戻っちゃだめなの?」
「まだ無理だよ」
「でも、でもリオウが危ないのはダメだよね?リオウだけでも下がるのはダメなの?」
「僕はもう下がってる」
「もっと隊の後ろの方でもいいでしょ?リオウは一番偉いなら、一番後ろにいてもいいでしょ?!」
「ナナミ、どうしてそんなこと……」
「わかんない、わかんないよ。でも危ないって、そう思うの!」
すると、今まで黙っていたシーナが口を開いた。
「ナナミちゃん、これ以上リオウを下げられないな」
「どうして?!」
「リーダーだからだ。リオウがいるだけで兵の士気が変わる。あんまり後ろすぎてもいけない」
「でも!」
なお食い下がろとすると、シーナはにっと笑ってナナミの頭をぽんっと叩いた。
「部隊をもう少し下げることなら出来るぜ。キバ隊と離れりゃ敵さんも出方が変わる」
「……っ、いいの?」
「ああ、リオウも良いよな?」
シーナの声に、リオウも頷いた。
「俺は女の子の勘ってヤツを大事にするんだ。ましてやナナミちゃんなら尚更ね!」
シーナの、いつもと変わらない言い方に、ナナミはようやく安堵する。その時、リオウとシーナが弾かれたように前を向いた。
「リオウ? シーナさん?」
シーナが舌打ちをする。キリンジが握られた。ナナミはシーナとリオウに向き合っていたせいで、二人が見たものに背を向ける形だった。
「くそっ、リオウ!!」
リオウはシーナに頷くより先に手を上げて合図を出す。
「全軍下がれ!!」
「どうしたの?!」
ナナミが声をあげるのと同時に、背後で白き獣が咆哮をあげた。