彗クロ 3
いまだうっすらとけぶる景色に、ならず者どもの影が差した。呑気な歩調だ。子供だからと、ずいぶん甘く見てくれているらしい。両方とも人質にするか、一人に絞るか。そんな下種な会話を垂れ流している。
フローリアンと顔をつき合わせたまま、ルークは振り返ることも立ち上がることもせず、歩み来る背後の気配へと神経を研ぎ澄ませている。息を呑むような沈黙。腰に帯びた白刀の静謐な鍔鳴り。フローリアンの背筋をゾクゾクと駆け上がったものは、歓喜にも似た期待の感情だ。
露骨に胸躍らせている自分を自覚する。ほんの数分前の弱気は高い高い棚の上だ。
人間五十年。長くて七十年とか八十年。ご苦労様。ご愁傷様。きっとレプリカ(ボクら)はオリジナルほど長生きしない。
嘆くことなどない。これはとんでもない救いなのだ。
だからこそ、このくっだらない人生のくっだらない現実を、苦しみ悲しみ一片残らず馬鹿みたいに楽しみ尽くせるのではないか!
黄ばんだ空気を、太い腕が割った。――ルークの間合いに入ったのだ。
白刃が翻り、無粋に伸ばされた前腕を下から上へ一閃した。
砂が落下物を受け止めた音は、しぶきとなって噴き出す紅い水音にかき消された。
醜い悲鳴が男の喉を割り、中途でぷつりと途切れた。即死だった。
男の下腹に、ルークが全身をもぐりこませていた。小さな両手で突き出された丈の短い刃は、しかし、油断しきった男の腹部を刺し貫くには十分だったのだ。
立ったまま死んだ男がぐらりと揺らぐ。フローリアンは低く構えた姿勢から、全身をバネにして飛び出した。ルークの上に覆いかぶさろうとする死体を、刃から引きはがすように掌底を叩き込んだ。
死体はわずかに浮いた後、真後ろにばったりと倒れた。……もっと派手にふっ飛ばすのが理想だったのだが、野盗どものもれなく唖然としたマヌケ面も拝めたことだし、まあよしとする。
「――なーんだ、チョロいじゃん」
己を鼓舞するように、敵を挑発するように、乾いた唇を舐め上げ、嘲笑する。
愉快だった。端的に言うなれば、今ここに生きていることが、だ。
血を吸った外套をど派手に脱ぎ捨て、教会支給の時代遅れな法衣を大胆にはだけさせる。下に着込んでおいたインナーまがいな格闘用の胴着は、教団を出て初めて自力で手に入れた一張羅だ。
フローリアンのオリジナルは、ローレライ教団最高指導者、導師イオン。嘘偽りなく世界最高峰の第七譜術士であったが、彼のレプリカに共通する面白い法則として、譜術方面の能力が著しく劣化した場合、オリジナルにはさっぱり見受けられなかったはずの体術方面の才覚に秀でるという、妙な傾向があるらしい。
……シンクと同じタイプだったのか。隣で呆れたように上がったぼやきには、さっぱり聞こえないふりをする。
「やろーてめーぶっころーすっ!!」
格闘グラブを着込んだ拳をつき合わせて、フローリアンはニヤリと笑った。