彗クロ 3
野盗は相変わらず、いまいち要領を得ない暴言と得物をぶん回しながら、フローリアンさえ見ていない――いや、気づいてさえいない。敵を目前にしておきながら、徐々に遠ざかっていくありさまだ。
「なにコイツ……レグル何してんの、乗って! 逃げるよっ」
「……お、おう」
あからさまに鼻白んで、フローリアンは侮蔑もあらわに男から目を離し、レグルの肘を掴んだ。完全に腰の抜けた体を無理やり引っ張り上げられながら、レグルは上の空で、狂態を演じる男を見つめ続けた。半ば引きずるように鞍の上に押し上げられ、むずがるトカゲがなんとか速度を上げ始めても、どうしても置いてけぼりの男から目が離せなかった。
狐か悪魔か。いったい何に憑かれたというのだろう。その狂乱は深度を増していく。突如の強風、徐々に黄色く霞み遠ざかる景色の中にも、男の太刀筋は飛びぬけて異様だった。
異変に気づいたらしい野盗たちが男のそばに駆け寄るのが見え……砂煙の向こうにすべてが隠される瞬間、くすんだ赤が豪勢に飛散したのが、かろうじて目に入った。
「……レグル?」
傍らからの声に、レグルははっと我に返った。いつの間にか併走していたもう一匹のトカゲの背から、ルークの茫洋とした、けれどどこか気遣わしげな視線が向けられていた。その後ろには当然ながらアゲイトがいる。もちろん、フローリアンはレグルの後ろだ。……全員、無事に切り抜けられたらしい。
レグルは反射的に、ゆるく首を振った。そして自分でも驚くほどそっけなく視線をそらし、正面を見た。唐突な寒気を覚えて、防砂ケープの襟元をかき合せる。背中にべったりと張りつく悪寒に、もう背後を振り返る気にはなれなかった。
あの男の狂乱、あれはいったい、なんだったのか――
風はやまない。砂を巻き上げ視界を濁し、やがてそれは嵐になった。