彗クロ 3
3-8
砂漠の東端には、古めかしい建造物が半ば砂に埋もれて点在している。見慣れない石造りの、風と日射に浸食された独特な風合いは、どれほどの年月を経たものか当て推量を寄せ付けない。少なくとも現代人が構築、利用しているものでないことは、レプリカにもわかる。遺跡、と呼ばれる様式だ。
背の低い風変わりな八角形のドームが、地下遺跡への入り口だった。地下をぶち抜く長大な空間を、強風の音がぴーひゅーごおおと迫力いっぱい反響している。曲線嫌いの大工でもいたのか、角ばった螺旋状というなんとも矛盾を感じる形状の石のスロープを半ばまで下って、フローリアンは防塵ケープを豪快に揺すった。たちまち砂がざあざあと音を立てて落ち、足元で小盛りの山を作った。
たまらず、ぎゃわーと叫びながらケープを剥ぎ取るように脱ぎ、深緑が色褪せるほどに砂まみれの髪の毛をわしゃわしゃかき乱した。暑さにはやせ我慢が効いても、汗とタッグを組んだ砂粒の不快感はまるで比較にならない。
「あげいとぉぉー水ぅー」
「第四譜術(スプラッシュ)浴びとく? 体力ごっそり飛ぶと思うけど」
「ぶーぶー」
猛烈な砂嵐の中、一人トカゲたちを近くの岩陰まで避難させてきた功労者をして、このぞんざいきわまる扱いである。まあ、高らかにヒモ宣言をかました手前、ぐいぐい食いつくのは得策ではない……のだろうが。
「だいたいさー、ここって砂漠の東の端っこじゃん? オアシスって西の端っこだったよね? おもいっっっきり逆方向じゃん!?」
「そうだねーごめんねー。君があーんまりにも自信満々に先行するもんだから、うっかり任せっきりにしちゃってねー。方向感覚には定評があるとか言ってレンタル屋の前で豪語してたから、あっはっはっ、まーさかあれだけ大口叩いといてあっさり方角を見失うなんて露にも思わなくってねー。いやいや、あのプラネットストーム級の嵐だもの、目と鼻の先もわからないあの状況じゃ、もちろんしょうがないことだよー? いやぁしかし、予定通り順調にいってれば、今頃オアシスで思う存分水浴び大会でも開けてたんだろうけどねー? 汗も砂もすっきり洗い流してキンキンに冷たーい井戸水で乾杯したかったなー? やぁ、うっかりうっかり……」
「――ちょっとこのおにーさんユルい顔してカウンターが鋭角すぎるよ!? イヤーっアゲイトのいけずいけず! レグルもなんか言ってやってよぅッ!」
「……あー、九割お前のせいってことはわかった」
「うえええええん味方がいないぃー」
にべもない。というか、ほとんど相手にされていない。
先に遺跡内に避難していた三人は、スロープ中途の段差に腰かけ、各々がそれぞれの作業に没頭している。なんにもせずにぼーっと背中を丸めているのはレグルだけで、おとなしく投げ出されているその右足を受け取るようにして、アゲイトが拡大鏡(ルーペ)まで持ち出して例の足環をしげしげ観察している。二人とも、ちらともこちらを気にしてくれない。
つまんないの。早々に泣き真似を切り上げ、フローリアンは二人の横を軽快にすり抜けた。少し離れたところで、一人きり、やたらめったら手馴れた様子で脂に汚れた刀の手入れを黙々とこなす外見推定十三歳という、ちょっとしたホラーにも通じる絵面を興味津々覗き込みつつも足は止めず、好奇心に従順にスロープを下っていく。地下へと潜るほどにひんやりと冷たさを増していく気温が足取りをいっそう軽くさせ、しまいにはうきうきとステップを踏むようにして最後の傾斜を駆け下りる。アーチ型の出口の柱に体当たりでもするように抱きついて、地下でも奇妙に明るい向こう側を覗き込み、爛々と目を輝かせると、一転、飛ぶように来た道を引き返して一気にスロープを駆け上がった。身振り手振りも大げさに、己が感動を一行に訴える。
「――ねえねえねえねえねえねえっ! したっ! 下下下!!」
「はーいフロリンくん、言いたいことはちゃんと整理してからしゃべろうねー? ……やっぱり譜が発動した形跡があるよ、レグル」
意味不明に連呼するフローリアンを軽くいなしつつ、アゲイトはルーペを畳みながら顔を上げた。断定を受け、どこか不機嫌そうにしていたレグルの眉根がいっそう曇る。
「んじゃ、やっぱ、あのヤローがおかしくなったのって……」
「可能性は高いね。どんな術かはわからないけど……ああそうだ、フローリアンも見てたんだっけ? そのおかしくなった野盗。君から見てどんな感じだった?」
ようやっと水を向けられ、しかし本位ではない話題に唇を尖らせつつ、とはいえ質問の内容に若干の興味を惹かれないでもなく、フローリアンは素直に頭を巡らせた。レグルの助っ人に駆けつけたときの、あの気持ちの悪い狂人のことだろう。脈絡なくぶっ飛んだヤツだったので、ちょっと気になってはいたのだ。
「どんなって、アタマオカシーってくらいしか。キがフれてるってヤツ? すっっごいキモかったー」
「どうしておかしいって思ったんだい?」
「だってボクらすぐそばにいるのに、明後日向いて剣ぶんまわしてるんだもん。どこだどこにいるーってさ」
「……目が見えていなかった、ってことかな」
「あーうん、そんな感じ! っていうか、耳も聞こえてなかったかも? もうとにかく、こっちがどんなリアクションとっても、なーんも気づいてなかったっポイもん」
「なるほど……うん、第一譜術の可能性が高いね。感覚系の遮断、かな」
「そんなのあるんだ? ジミだけど便利そー」
「地味だけど、かなりの高等譜術だよ。ただの目くらましならともかく、聴覚遮断っていうあたりがちょっと尋常じゃない感じがするね。譜術士を介さずに発動したとなると、なおさらねぇ……」
「……なあ、これ、やっぱはずせねぇかな?」
レグルがうっそりとぼやいた。何か薄ら寒いものを見るような、嫌悪とも恐怖ともつかない硬い顔つきで、自分の右足を遠巻きにしている。
ずいぶんと繊細な言い草だ。フローリアンは反射的に、ええええ?と首を突っ込んだ。
「なんでー? めっちゃ便利ジャン!」
「べ、便利って……そりゃそうかもだけど、おまえ……」
レグルの反駁はもごもごと歯切れが悪い。これは思った以上に気にしいだなぁ、とフローリアンは自分のこめかみをくすぐった。創世暦時代のレア古物、しかも実用性抜群の準兵器ときたものだ。一生はずれなくてもいい、代われるものなら代わってやりたいくらいである。
発破をかける意味もかねて、思ったことを端から口にしてやろうとした瞬間、背後からちょんちょんっと胴着の端を引かれた。
「フローリアン、下、どうだった?」
思わぬところからの呼びかけに、フローリアンの興味のベクトルがいい音を立てて一挙にスライドした。ぜひともそれを聞いてほしかったのだ! ぐりんっときっかり百八十度、全身を使って振り返り、瞳をきらきらさせながらルークに向かってはしゃぎたてた。
「そーなんだよっ、下っ。すっごいよ! こぉーんなにでっかい、広いの!」
「うん。道はまだ通れるか? 先に進めそうだった?」
「ぜんっぜんイケルって! だからさ、今からみんなで!」
「アゲイト、冒険してきていいか……な?」