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彗クロ 3

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「力は、力のままじゃ意味がない。それを手に入れた者が、なんのために、どうやって、何に向けて使うかが大切なんだ。手に入れたまま使わないという選択肢もある。でも、なんの覚悟も持たない人間がそれを手に入れれば、いつか必ず使いたくなる時が来る。目的のない力はただの暴力だ。だからレグル、望むと望まないとに関わらず、力を手に入れた以上、使いこなす訓練が必要なんだ。気持ちを強く持て。いつか必要になった時のために、ひとつの目標に向かって迷いなく力を揮う自分をイメージするんだ。今回は、この岩に向けて。――タイミングは、お前が決めろ」
 言い聞かせるようなルークの言葉を消化するにつれ、あからさまに及び腰だったレグルの顔つきが、たちまち引き締まっていく。岩に向き直るその姿には、頭からつま先まで一本筋が通ったような、凛とした空気さえ纏って感じられた。
 既視感が少ない記憶を刺激した。ダアトの訓練施設ではたびたび見る光景だ。怖気づく気持ちを、諭し聞かせ、成し遂げる勇気へと導く――それは、師から弟子への訓導を思わせた。これを仕込まれている人間は、条件反射的に気合が腹に据わるのだ。
 レグルのたたずまいは、標的をしかと捉えた戦士のそれだった。右足を一歩引き、両の手は拳を作る。左足を軸に、気合一閃、全身を翻して遠心力を乗せた右足を岩塊の横っ腹に叩き込んだ。
 荒削りな後ろ回し蹴りが見事に決まる瞬間、足首の金環が黄金色の輝きを放つのが、はっきりと見えた。
 力場が弾け、一拍のち、重い音とともに砂岩は粉砕された。
「……おおおおお。すっ、ごーい!!」
 興奮はじけるままに、フローリアンはめいっぱいの拍手と賞賛を送った。
 アゲイトが膝をついて痕跡を確かめる。岩は粒子状の残滓をこんもり一山残して、他は跡形なく消失していた。が、真下の地面はまっ平らなまま、傷ひとつ、凹みひとつ見当たらない。
「まさしく木っ端微塵だね。第二音素同士を共振させることによって分解を引き起こした……ってところかな。標的を限定したのはうまい誘導だったね」
「あ、めっちゃ怪力になったってワケじゃないんだ」
「第二音素を多量に含有する物質――土とか岩とか鉱石類には有効だと思うよ。生物に対しては同じ効果は期待できないんじゃないかな。間違って、同じ要領で誰かを蹴ったとしても、『思ったより強力なキック』ぐらいの威力にしかならないだろうね」
 安心した? 腰を持ち上げながら、アゲイトは横合いで立ちすくんでいるレグルに首を傾げて見せた。忘我の様相で自分が成し遂げた結果を見下ろしていたレグルは、実ににこやかなアゲイトとまともに見合ってしまってから、あからさまに両肩を震わせると、劇的に眉を吊り上げわめきだした。
「ばっ、なっ、だっ――から不安なんか一個もねーっつのッ!! こんなん、おれにかかったら朝飯前だかんな! 勝手にジャスイして人のコトからかってんじゃねぇよ死ねボケッ!!」
 どすどすと音が聞こえてきそうな塩梅で地面を前のめりに蹴りつけながら、レグルは肩を怒らせて広場から出て行ってしまう。機嫌はすこぶる悪そうではあるが、そこにはさっきまでの消沈した空気は微塵も感じられない。フローリアンとアゲイトは顔を見合わせていたずらっぽく笑いあった。
 そして最大の功労者を見下ろして、首を傾げた。
 レグルを導き諭した生彩は、今はもうルークの瞳に読み取ることはできない。呼吸も、動悸も――あらゆる生命活動を放棄したかのように、ただそこに立っているだけの、人形のごとき姿だった。
 フローリアンは軽く開いた手のひらを、ルークの目の前でぱっ、ぱっ、ぱっ、と上下に振った。……反応なし。首をねじまげて背後を仰ぐと、アゲイトは苦笑気味に肩をすくめた。
 ほんの短い付き合いだが、ルークがたびたび機能不全を起こしているのには、フローリアンも気づいてはいた。ものすごく出来のいい、けれど致命的な欠陥を抱えている譜業人形。そんなふうにさえ疑いたくなるほどに、生物としての不自然さを感じる。そのくせ、アゲイトが名前を呼びかければ、存外素直に応答を返してきたりするのである。
「ルーク?」
「……うん。レグルは、いいこだなあって、思って」
 一拍の沈黙ののち、失笑が見事に重なった。アゲイトは口を覆って控えめに肩を震わせるにとどめていたが、フローリアンは遠慮なく腹を抱えて笑い転げた。言いえて妙というやつだ。あのわかりやすさは、与しやすさにおいては百点満点である。
「あにやってんだてめーら、置いてくぞゴラッ!」
 さすがに馬鹿笑いを聞きとがめたらしいレグルが、歩廊の半ばで声を張り上げている。笑いの発作やまぬフローリアンはひーひー呼吸困難に陥りながら返した。
「れぐっ、レグルっ、ちょ、聞いた!? ルーク、ルークが、ぶふぁッ、アハハハハハ!」
「アァ!? おめー笑い方きっめえんだよ! ケンカ売ってんのか!」
「ぶっははははっ、あーほんっっっともったいない! さっきのセリフ、レグルにも聞かせてあげたかった……!」
「だーもう、一人で盛り上がってんじゃねーよ! おれは先に進みてーんだよ、とっととしろっつー、のッ!!」
 ……最後の最後で、地団駄のひと踏みは、どう考えても明らかに余計だった。


「――レグルー、俺言ったよなー、目的と対象を意識することが重要なんだっつったよなー?」
 呆気にとられる一同の前で、なんとも無機質な足運びで淡々と歩廊を渡り、「石造りの」歩廊の半ばに忽然と開いた大穴を覗き込んだルークが、見えない底に向けて平坦な声を投げ込んでいた。
「覚悟を持たないと使いたくなるとも言ったし、気持ちを強く持つように教えたよなー? 今回の『訓練』はうまくいったけど、まだ『力』は右足にひっついたままなんだからなー? これからはもうちょっと慎重に、頭を使って行動するのを心がけようなー?」
 責めるでもなく、かといって甘やかす意図は毛頭感じられない説教が、広大な空間を妙に厳粛に響き渡った。
 ……ご、ごめん、なさい。ややして、殊勝ながらも壮健そうなレグルの返答が遥か下方からか細く聞こえてくるのに至っては、フローリアンはとりあえず、己の腹筋が瀕死に追い込まれる覚悟を決めざるを得なかった。

作品名:彗クロ 3 作家名:朝脱走犯