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彗クロ 3

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3-11



 帰宅を告げた相手に名を問いただす――前後の文脈が見事に矛盾している。レグルは肩をこかして思わずツッコミを入れた。
「――っておまえ、知り合いじゃないのかよ!」
「面識はあるわ。けれど、この人たちが何者かということを、わたしは知らない。名前も知らない。疑問に思ったことがなかったの」
「……よくそんなんで、こいつらの言うこと聞いてたなオイ」
「他のやり方なんて、知らなかったもの」
 しゃあしゃあとカーラは言う。……教育とは厄介なものだ。
 生まれたばかりの子供は、親の存在に疑問を持たない。卵から孵ったばかりの雛は、初めて認識した動物を親鳥だと思い込む。同様に、レプリカへの『刷り込み』は実に容易いことだろう。
 ローブの集団は直立したまま、反応らしい反応を見せなかった。目深な頭巾と鼻から下を覆う面布が、個性の一切を打ち消して見分けがつかない。見れば見るほど気味の悪い連中だ。
 薄ら寒い沈黙が気に入らず、レグルは斜睨みにドスを利かせる。
「んだよ。コイツ訊いてっぞ。てめーらとっとと答えろや」
「――《カーラネミ》」
 厳かないらえは、誰が発したものかわからなかった。
 瞬時にして、背筋を強烈な嫌悪感が駆け上がった。熱のない、冷たくもない、一切の情を含まない、平坦な――
 およそ、庇護者がかける声音ではない。
「その粗忽なレプリカは、何者だ」
「――っ、カーラ!!」
 レグルはとっさにカーラの手を引き、立ち位置を入れ替えると同時に、右足で地面を押し込むように蹴りつけた。
 黄金色の力場が弾け、土煙が円状に湧き上がった。即席の煙幕だ。首尾は上々。しかし悪寒は拭えない。
「走れ!!」
 叫ぶや否や身を翻し、少女の手を引き奥へと駆ける。青黒い暗闇に身を投じる躊躇よりも、もうもうたる砂塵の向こうに紛れた人影たちが一声も発さないことへの恐怖が勝った。突如湧いた不明に、驚愕や混乱をきたした気配さえないのだ。不気味どころの騒ぎではない。
 それに連中は……何番目のどいつだかは知らないが……レグルがレプリカであることを見抜いた。あるいはこれも失態と言えるのか? 一発で看破されたことなど生まれて初めてだった。
 それらしい発言はしなかった、はずだ。立ち居振る舞いには自信がある。レプリカらしからぬ存在であるという自尊、十把ひとからげの同胞とは絶対的に『違う』という矜持だ。
 あるいは、直前のカーラとの会話を聞かれていた……? ならばなおさら恐ろしい。あの大人数でわずかの気配も漏らさず十三歳男児を尾行していたなどと、いったいどんな闇組織だというのだ。
「カーラっ、この先でいんだよなっ!?」
「どこに、行くつもり、なのかに、よるわ」
 素直に手を引かれ単調に答えながらも、カーラの息はすでに若干切れ気味だ。体力は見た目どおりらしい。
「とりあえず、行けるとこまで行くんだよっ!」
「意味が、わか、らない……。だいたい、なんで、走って、るの?」
「逃げてんだよ!」
「な、ぜ?」
「自分で考えろッ」
 ……レグル自身、明確な考えがあって行動しているとは言いがたい。とにかく今は逃げるしかない。強迫観念に近い直感が肉体を突き動かしていた。
 一寸先も見えない暗闇をひたすら走る。閉塞した濃紺の視界と、背後からのしかかる恐怖が、どれほど続くのか――膨れ上がる焦燥に、ほどなくして小さな安堵が融和する。光だ。遥か前方からの放射光。それはすなわち、出口を暗示する記号だ。
 突破の風と光があふれた。視界一面がライムイエローに染まる――
「――っんだ、ここ……っ!?」
 圧倒的な光景に、足が急停止をかけた。あおりをくったカーラがつんのめり、呆然と立ちすくむレグルの横で、地面に向かって荒々しく息をついている。
 また、空間だ。今度はもう広いなんてものではない。もはやわけがわからない。
 そこは巨大な縦坑(シャフト)の内部だった。屋外に匹敵する明るさにも関わらず、遠くの壁が霞んで見える規模にも呆れたものだが、最大の問題は異常な精巧さだ。さっきまでの暗い地下遺跡から、文明の針を百年単位で一気に進めたかのような変化だった。正確すぎる曲線と直線、製法の見当がつかない謎の材質、偏執的なまでに神秘性を強調した緻密な装飾。それらに、経年による一切の劣化も、人間の往来の痕跡も、些細な疵や汚れさえも――あまつさえ塵ひとつ見つけられない。完璧という異常。完結という荒唐無稽。とても遺跡とは思えない――いや、現代文明においてすら、再現可能な域ではない。
 そして何より、円柱形の縦穴の、遥か底。均一に充満する淡黄色の霧は、きっと第二音素だ。この音素の発する光が、地下空間においてありえないほどの明るさを生み出しているのだ。
 こんなものがありえるのだろうか。湖を成すほどに可視音素が満ちる音素溜まり(フォンスロット)など……
「セ、フィ、ロ、ト」
 息も絶え絶え、カーラが律儀にレグルの疑問に答えた。
 セフィロト。それはどういう意味の言葉だったか――記憶をたどろうとした思考を、背後から本能が蹴っ飛ばした。まだ呼吸の整わぬカーラを、それでも無理やり引っ張って、美しく輝くスロープを、道の続く限りに奥へとひた走る。
 ……遥か後方から迫り来る足音の群れには、敵を逃した焦燥や苛立ち、獲物を追い詰めるための周到さや緊迫感、失敗への不安や緊張……そういった諸々の、当たり前の要素が完全に欠落している。ただひたすら、最も効率的な走り方を実践しているだけの、事務的で乱れのない足取り。なまじな魔物の群れに追いかけられるよりも心臓を絞られる。まるで、そう、レグル自身が忌避し続けて憚らなかった、『軍隊』そのものだ。
 人里離れた僻地で、国家による、決して表沙汰にはできないレプリカの研究が秘密裏に進められている……まずいことに、ものすごくありえそうな気がしてきた。――なにせここはキムラスカだ。
 そう、すっかり忘れていたが、ここはもうキムラスカなのだ。国境はケセドニアの中央でとっくにまたいでいる。レグルにとっては意外だったのだが、中立地帯であるケセドニアにおける国境の概念は非常に開放されたものだった。旅券を検める必要があったのはアゲイトだけで、チェックもそこそこ、あっさりと通された。レグルとルークはアゲイトの扶養対象ということにして、実質的に検問を「すり抜けた」のだ。
 安穏としたマルクトから見ると、キムラスカにはいまだに封鎖的で殺伐とした印象が濃い。もともと犬猿の仲だったらしい両国の関係は、先の動乱をきっかけにずいぶんと密なものになってきているとは聞くが、都市部に近寄れないレグルに実感はなかった。むしろ検問の暢気さを実際にこの目で見て、国家に帰順しないはぐれレプリカながらに、一抹の不安を覚えたほどだ。なんといっても、あの、キムラスカだ。あの、傲慢被験者の国なのだ。それだけでもはや、この国にまつわる何もかもを拒絶してしかるべき理由になる。
 ぞろりと這い上がる暗い情動に、レグルはいっそう強くカーラの手を握った。筋肉は乳酸を溜め込み始め、カーラの存在は明らかに重荷になりつつある。しかし彼女をここで見捨てる選択肢は考えられなかった。
作品名:彗クロ 3 作家名:朝脱走犯