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彗クロ 3

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 スロープが導くままに壁面をたどり駆け下りる。さらに地下へと潜ることへの危険性はちらと頭を掠めたが、じっくり迷っていられる状況ではなかった。かなり下部まで降りたところで煌びやかな装飾壁がようやく途切れ、陰に隠れていた縦坑の中心部に、奇妙な建造物が見て取れた。巨大な、何か……シンボルのようなもの。分厚い質感の立体物。音素の湖と同じ、淡黄色を帯びた色合いの……
(まさか)
 心臓のあたりがざわめいた。既視感がぶれる。空中に描かれたいくつもの正円、円と円とをつなげる白い直線(パス)、書き足されていく知らない構文、ツリー上昇、速度三倍、
 ――黒い大地に突き立つ黒い音叉。
 そうだ、意識の途切れる寸前見上げた、あの音叉に似ているのだ。U字の付け根の優美に膨らんだ装飾も、両端が心持ち反り返りすぼんでいく形状も、奇妙に相似して見える。
 スロープはやがて光のラインを束ねて描いた、青く輝く道へと変じる。光の道の両脇には、五線譜を思わせる光の壁が延びている。どんな仕組みかもわからない、支えもなく空中に浮かび遥か下方まで透けて見える不思議な床を、レグルは躊躇いなく駆け抜けた。一本道だった。奥へ奥へ、縦坑の中央へと誘い込むように続く。音叉の形のシンボルが目の前に迫る。
 見上げながら、圧倒されて、無意識に足が止まった。巨大音叉を取り巻くように、音素の粒が無数に吹き上がっている。シンボルの大きさ自体は平原の音叉の十分の一にもならないだろうが、縦坑の主のように鎮座するその姿には、一種異様な迫力があった。すべての設備はこのシンボルのために存在し、すべての道はこの場所に導くために存在する。疑いを差し挟む余地はない。この音叉こそが、表裏双方の遺跡が奉じる神体なのだ。
「パ、セ、ジ、リ……グ」
 傍らで、カーラが荒い呼吸の合間合間になんとかつぶやいた。不明瞭にしか聞き取れなかった単語は、レグルの脳裏であっさりと組みあがった。
「パッセージリング……?」
「ど、する、の。ここ、いき、どま、り」
「……、ハァ!?」
 ありふれた警句をこそ、理解するのに一拍要した。
 光の道はシンボルの周囲をぐるりと廻り――綺麗な円を描いて返ってくる。確かに、他の場所へと繋がる岐路は見当たらない。都合よく飛び移れるような足場の類もまた、一切見つけられない。ついでに手すりの類もないので、一歩余計に踏み出せば確実に音素の湖にダイブできる。
 完全な袋小路だ。
「――うそだろッ?!」
 うろたえ、来た道を振り返る。……当然のことながら、退路は残されてはいなかった。
 ローブの集団はすでに光の一本道の半ばまで迫っていた。途中から追い立てられる危機感が希薄になっていたのは、彼らがすでに走ることをやめていたからなのだと、レグルは奥歯を食いしばった。自ら袋小路に追い詰められる間抜けな獲物に、あえて全速力を費やす必要はない、ということだろう。嫌になるほど合理的な連中だ。
 これからはもうちょっと慎重に、頭を使って行動するのを心がけようなー? ほんのさっき聞いたばかりの訓導が耳の奥でこだまする。……言われて治る程度の生半可な馬鹿なら苦労はしていないと、レグルは無性に泣きたくなった。
 厳粛ですらある足取りで、彼らは退路を塞ぐようにレグルとカーラを包囲した。レグルはまだ息を切らせているカーラを背後にかばい、意を決して脇差を抜いた。黒光りする刀身のきっさきを、まっすぐ、ローブの集団たちに向ける。
(なんのために、どうやって、何に向けて使うか。ひとつの目標に向かって迷いなく)
 落ち着きなく収縮を繰り返す心臓をなだめるために、頭の中で一字一句を反芻する。大切なのは、目的。この追い詰められた状況で、具体的に何をすべきかまでは、まだ見えていない。だが今、背後には足手まといがひとり。彼女を守るということが、力を揮う目的への筋道をつけてくれる気がする。少なくとも今実際に、剣先を震えさせずには済んでいる。
 ……思えば、今までが誰かを頼りすぎていたのだ。汚れ役はルークに任せきり。多少の負傷はアゲイトがなんとかしてくれる。加えて暴れたがりのフローリアンまで参入ときて、気がつけば、レグルひとりが置いてけぼりだ。ルークを守るのがレグルの役目なのに、現実は守られてばかり。他の二人に関しては……まあ、迷惑をかけるぶんにはまったく痛痒は感じないが、だからといって借りを作ってばかりなのは、ちょっと癪だ。
 まずはこの場を切り抜ける。それが目的。目的のために迷わず力を揮う――今なら、出来る気がする。
「《カーラネミ》。なぜ、その者と行動を共にする」
 隙なく構えられた刃などそこに存在しないかのように、ローブたちから発せられる熱のない声は、レグルを通り過ぎてカーラに向けられる。先ほど聞いたのと同じ声だ。おそらくこの中に、代表者のような人物がいるのだろう。
 カチンとくる態度ではあったが、レグルは努めて冷静を保ち、下手な口出しは避けることを心がけた。さっきは感情のままに逃走を選択したが、実際のところ、まだこの集団がどのような性格のものなのかわかっていない。口撃に走れば恐怖心はまぎれるだろうが、たちまち感情に流されるのは目に見えている。それでは何も知ることができないし、何も打開できない。頭を使うのが苦手な人間が少しでも賢くなろうと努力するならば、第一に、沈黙を覚えることは必須だ。
 上下する胸元に手を置き、最後に一息、深々と呼吸を整え、カーラは顔を上げた。額に汗が滲んではいたが、目元の見えないその表情は相変わらずけろりとしたものだ。
「拒む必要がないから」
 ……ずいぶんと身も蓋もないことを言ってくれる。こいつは本当に現状を理解しようとしてんのか? レグルはげんなりと不安になった。
「では、なぜ、我等に名を尋ねた」
「疑問が生まれたから」
「お前に疑問を与えたのは、そのレプリカか」
「そうよ」
「その疑問は、是非にでも解消せねばならぬ事項か」
「たぶん、そうよ。知らないままでいては、不安が生じる可能性があると、判断したわ。それはないほうがいいものでしょう?」
「ならば、その不安は、今はお前の内には存在しないということだな」
 重ねて問われて、カーラはふと思案をめぐらすように一拍沈黙した。
「……ええ。今は実感はないわ。けれど、今後どうなるかわからないでしょう?」
「――《カーラネミ》」
 またあの呼び方だ。ただ固有名詞を口ずさむのと同じ。記号を読み上げるのと変わらない。
 命名に意味を込めるのは重い、適当に区別できれば十分。数時間前の言葉に偽りはなく、今でもその考えは変わらない。
 だが、こいつらに関しては、なにやら無性ーーーに、腹が立つ。
「我等はお前に言い聞かせた。目的を、思い出せ。成すべき事柄を果たした暁に、お前の言う『不安』はどうなるか」
「……」
 嫌な沈黙があった。長々と応答がないことに、レグルはそれこそ不安にかられ、視線をローブとカーラとに忙しなく往復させた。
「おい、カーラ……?」
「……ああ。そう。そういうこと」
「お、おいっ」
作品名:彗クロ 3 作家名:朝脱走犯