彗クロ 3
3-4
念入りな身体測定を終え、折りよく帰還したディンに結果の書付けを渡すと、フローリアンはどこからか粗末な木椅子を持ち出してきた。早々に店員の役目は終わったとばかりに、手持ち無沙汰の隙に同胞話に花を咲かせようというたくらみらしい。
アゲイトと店主はカウンターを挟んでなにやら打ち合わせ中で、すぐにはこちらにお呼びがかかる気配もない。加えてルークは恒例のフリーズ状態に絶賛没入中とあっては、フローリアンの提案を邪険にする積極的な理由もなかった。
なにより、レグルも少なからず、この定形外のレプリカに興味があったのだ。
フローリアンは適当に配置した丸椅子レグルとルークを座らせた後、自分はその辺に埋もれていた玩具みたいな椅子を引っ張り出してきて、行儀悪く逆向きに居座った。大また開きに背もたれを抱え込んだ上目遣いは、年季の入ったいたずらっ子そのものだ。
「レグルってさあ、今いくつ?」
同胞に向ける第一声にしては、ずいぶんと間が抜けている。こいつ本当はレプリカじゃないんじゃないかと怪しみつつ、レグルは半眼になってフローリアンを睨み据えた。
「……三年は生きてっけど?」
「あ、勝った。ボク五歳ー♪」
「は?」
「そっかぁ意外に量産ナンバーなのかぁ。てっきり特注レプリカなのかと思った。でもまあ見た目のトシ考えれば、それもそうだよね〜」
特注、という言葉にどきりと鼓動が跳ねた。「己がいかに他のレプリカと異質な存在か、お前自身が一番肌身に感じておろう」――チーグルの長老の説教が脳裏に蘇る。「ひとたび研究者どもなぞの気を惹こうものなら、奴ら、お前の腹を裂いてでもお前の存在を解明しようと躍起になってかかってくるぞ」……
「て、てか、お前はなんなんだよ。五歳って、五年間生きてるってことか?」
「そ。確認されてる限り、ボクが現存するレプリカの最年長ね」
「んなやついたのか……」
「そりゃ、レプリカ技術(フォミクリー)が提唱されたのって三十年も前だもの。ヴァンがレプリカに目をつけたのだって、十年以上前からだって言われてるし」
「へえ……詳しいのな」
わりと本気で感心してしまってから、レグルははっと口を塞いだ。今のは明らかな失言だ。
一般的なレプリカは、製造段階において、知識の刷り込みや特殊な教育を施されている。フォミクリーの成り立ちそのものが刷り込み課程に仕込まれている可能性も、考えられないことではないのだ。
……相手が同胞だという意識のせいだろうか、常套していたはずの警戒心が無意識に武装解除を始めているらしい。仕種や口調が少々うっとうしいのを除けば、最悪の初対面に反して存外真っ当な話し相手だったことも影響しているのかもしれない。よくない兆候だ……。
当のフローリアンは、幸いレグルの挙動を不審がることもなく、いささかげんなりとした様子で吐息を落とした。
「知りたくて知ったわけじゃないけどねー。仮にも教団に養われてる手前、しがらみも多いってコト」
「教団ってアレか? えーと……ローレライ教団だっけ?」
「そう、その、影が薄いのでおなじみの、ローレライ教団ね」
確か、ユリア・ジュエ信仰の本山にして、かつてオールドラント全土を唯一思想によって事実上牛耳っていた宗教組織だ。教団と名がついてはいるが、現実にはキムラスカ、マルクトと並ぶ第三の国家として概ね勘定されている。
とはいえフローリアンの言ったとおり、その存在感は他の二国に比べて圧倒的に頼りない。預言否定の風潮では必然の結果だろう。人々の心の枢軸も、信仰の大元にある奇跡を失えば形無しというわけだ。
「いわば三年前の騒乱の震源地だからねー、あそこは。戦後賠償として、結構な数のレプリカを保護してるんだよ。そんなことでもやっとかないと、国際的面子ってやつが保てないってことなんじゃない?」
「あーそういや教団って、ヒゲの大悪党と結託してたんだっけか」
「結託っていうか、そもそもヴァン(ヒゲ)は教団員だったから。神託の盾(オラクル)騎士団っていう、教団専属部隊の主席総長だったわけ。内政を仕切ってた上司のモース(デブ)をそそのかして、ほとんど組織的に戦争を誘発させたんだから、ぶっちゃけ教団まるごと加害者って言っても間違いないと思う」
「んな連中の世話んなってんのか。大丈夫かソレ」
「まあ、三年前の黒幕はみんなお墓の下だし。いま教団を運営してるのはほとんど、知らないうちに生き残っちゃって、結果的に連中の尻拭いをさせられてるような人たちばっかだし」
「……それ、ようするにただの無能っていわね?」
「ご飯くれる人が才能溢れてたり高尚だったりする必要って、実はないよね。ほら、オリジナルが言うアレ。『コはオヤを選べない』っての?」
「ああ、『どっち向いても所詮ロクデナシばっか』って意味だな」
「そーそー。じゃなかったら『オトナに高望みするだけムダ』的な? どうせほとんどのオリジナルなんて、同胞のコドモだってろくに養う余裕なんかないんだからさ。喜んでレプリカの面倒みますーなんて物好きがいたら、ニコニコよい子のふりしてテキトーに話あわせて、あっちが騙されてくれてるうちに、やりたいコトはなんでもガツガツやりまくっちゃえばいいんだよ。どうせ何年生きられるかわかんないんだし」
「オマエ……頭いーなー」
「レプリカが自由を獲得するコツは演技力! コレ、先人(ボク)からのアドバイスね☆」
鼻高々と胸を張るフローリアンを、レグルは今度こそ心底感心してしまった。
一時の感情やプライドに流されるより、ずっと合理的な生き方だ。面と向かって反感を口に出すより、見えないところで舌を出すほうが、限りなくリスクが低い。感情と運動神経が直結しているレグルには、到底見習える気がしない。
こずるく、したたか。生きていくのにずっと向いている。
「なんぞスレた会話しとんのー」
打ち合わせは終わったのか、呆れたような顔でディンが寄ってきた。両手には一足ずつ、子供用の長靴(ブーツ)をぶら下げている。
「ほいさ、おまっと〜さんよ〜。ちゃっちゃとコヤツに履き替えてくんなまし」
きっちり踵を揃えたおろしたての靴が、レグルとルークの足元に差し出された。覆いや返しのついた、密閉性の高い構造になっている。砂漠越えには確かに役立つだろうが、履き心地は悪そうだ。
提供者が提供者なだけに、素直に履き替えるのも抵抗がある。まんじりと見下ろしていると、フローリアンが不思議そうに首を傾げた。
「レグルたちって、もしかして、ザオ砂漠に行く気?」
「砂漠に用はねーよ。バチカルに行くんだ」
ここで二度目の失言だ。他人にわざわざ目的地を明かしてしまう自分の口の軽さを、レグルは呪った。警戒心がまるで仕事をしてくれない。
隣では、ルークはすでに片足を履き終えていた。レグルも失態をごまかすべく、履き替えに没頭することにした。
ルークの手順を参考に盗み見ながら左足を仕上げ、さて右足も……と、履きくたびれた自前のブーツに手をかけたとき、異変に気づいた。
ブーツがすんなり脱げないのだ。足首のあたりで、何かが引っかかる。