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彗クロ 3

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 そういえば、とわずかな明かりを頼って足を目線まで持ち上げてみると、案の定、鈍い金色の輪が足首を一直線に横切っていた。チーグルの小袋に入っていたアンティーク――ルークに「なくすな」と念押されたあれだ。
「……? く、っそ、なんで脱げねー……んだっ。ぐぬぬぬぬっ……」
 金環ごとブーツを脱ごうと格闘するも、予想外の抵抗にままならない。環と靴との間には十分な隙間があるはずなのに、何か見えない力で押さえつけられてでもいるように、押しても引いてもいっかな動いてくれないのだ。
 業を煮やして、試しに左手で踵を、右手で爪先を持って、全力で引っ張ってみると、ブーツはあっけないほど見事にすっぽ抜けた。反動をもろに受けて、レグルは椅子ごと真後ろにひっくり返った。派手な転倒音に合わせて盛大な埃が舞った。
 フローリアンがけほけほ咳き込みながら、迷惑そうに覗き込んでくる。
「何してんのもー」
「〜〜〜〜いっ、いいから手ぇ貸せっ」
 まともに打ち付けた背骨の痛みと気恥ずかしさを誤魔化すように、レグルは八つ当たり気味に叩き返した。足の下に引っかかっている椅子が邪魔で、やけくそ紛れに蹴り出そうとし――
「――ちょっと待ったレグル」
「い!?」
 中途半端に乗り上げていた右足を、ルークにがっちり捕らえられた。予定していたベクトルを突如妨げられた運動エネルギーが、巡り巡って、起き上がりかけていたレグルの後頭部を再び床に叩き返した。非常に痛い。
「譜が刻まれてる……」
 ルークは金環を凝視しながら呟いた。他の面々もつられて覗き込んでくるものだから、ひっくり返ったままのレグルから見ると、ちょっとした恐怖心をかきたてられないでもない、嫌な絵面である。
「な、なんだよ、譜って……」
「第一音素……かな……。どういう効果なのかは……ちょっと……」
「お、おい……?」
「あ、ダメだダメダメ。ボクこーゆうのお手上げー。専門家に見せたほうがいいね」
「えっちょっ……」
「ああー……バッチリ術式発動中みたいだね。これはまずい……ディン、さっきの測定器」
「あいあい」
「待っ――だー! てめーら起こせ! おれにも見せろ!!」
 ずんどこ不穏な方向に転がっていく話題に、レグルはひっくり返った亀のように手足をばたつかせた。ようやくの助けを借りて起き上がり、置き直した椅子に尻を落として、大急ぎで右足を引き寄せる。
 裸足にしつこく残留している金環には、確かに細かな文字のようなものが刻み付けられているように見えた。拾った時にも譜らしき文字列があったことにはあったはずだが……どうもこれは……増えているような。レグルは目を細めるように記憶をたどりながら、もっと仔細に観察するべく踵をくぐらせようとして――
 金環が、びくともしない。
「ぬががががッ――……ま、マジか……」
 肌に巻きついて離れないというわけではない。むしろ、革靴の厚みが取り払われたぶん、隙間は広がっている。素足を通過させるだけの余裕は十分あるはずだ。事実、足首で遊ばせておくぶんには自在に動く。それが、足から取り去ろうと動かした途端、踵に頑としてしがみついて離れない。
 脱げなかったのは靴ではなく、こいつだったのだ。まるで意思あるもののような、理屈に合わない現象に、レグルは肝を冷やした。このまま一生とれなかったらどうしよう……
「はいはい無理に動かさない。レグルくん、これ持って」
 アゲイトはなだめ聞かせるように、ディンに取ってこさせた物体を寄越してきた。ごくごく自然に手渡されてしまったそれを、胡乱に睨みおろした途端、唐突に手の上に光が溢れ、レグルはあわや取り落とさんばかりにびっくりした。
 輝きはすぐさま収束し、手元の物体が淡い光の中に姿を現した。レグルの手のひらにちょうど収まるくらいの宝飾品だ。円形の金細工の中央に、なだらかな丘状に磨かれた鉱石が嵌め込まれている。
 光っているのはこの石だ。赤味のつよい金色に、淡い緑の放射光。第七音素の色だ。
「……なんだこれ」
「響律符(キャパシティコア)でんがな。ウチ渾身の音素検知改造仕様ナリ」
「き、キャパ……なに?」
「音律士用の成長ブースターみたいなもん〜。ま、こやつはちょいと性能が違かことよ。たとえばこれを、アゲやんが持つと」
 ディンはレグルの手のひらから響律符とやらを取り上げ、アゲイトに手渡した。すると鉱石の放つ光はたちまち色相を変え、暗い店内で色とりどりに輝いた。レグルの時とずいぶん反応が違う。
「しこうして所持者の音素適性がわかるんよ。黒が第一、黄色が第二、緑が第三、てな具合。光り方で適正の強弱がわかるわけ〜」
「へえー、面白い面白ーい! ボクもやるー」
 アゲイトから両手を出してせがむフローリアン(外見推定十七歳男児)へ、にこにこと響律符が引き継がれる。しかし所有者が変わった途端、鉱石はあっけなく輝きを変化させた。レグルの時と同じ、第七音素一色だ。
 フローリアンはあれー?と首を傾げた。ディンは不本意そうに頬を歪める。
「やはし改良の余地ありだぁね〜」
「ボクって第七音素しか才能ないんだったっけ?」
 さらに逆方向に首をひねるフローリアンに、アゲイトが柔らかく否定する。
「それはないよ。第一から第六までの音素適性は、オリジナルもレプリカも、大なり小なり必ず備えているものだから。ただ、第七音素はそうもいかないけど」
「第七音素はぁ〜空気を読まぬ面食いいじけ虫〜。先天的に素養がなければ永遠に身につかず、いかな努力(アプローチ)も才能の前には水の泡。おまけにそれだ、あんたさんらレプリカに至っては存在そのものが第七音素の塊だからして? あんまりな一極集中に、ウチの繊細な響律符がヘソを曲げちまってんのよ」
「んー、と? つまり?」
「要は針が振り切れとんの。計測不能〜!」
「なーんだつまんなーい」
 フローリアンからルークの手に移されても、響律符の反応は変わらなかった。だが、右から左とばかりにレグルの手の上に戻ってきた瞬間、明確な変化が起こった。
 第七音素の焔色に混じって、鉱石の隅の方に、インク染みのような黒がぽつりと滲んだのだ。初めに渡された時は気づかなかったし、フローリアンやルークが持っていたときには絶対になかったはずだ。
「ああ、やっぱり第一音素が混じっちゃってるね。そのまま足に近づけてごらん」
 アゲイトの謎の指示を気味悪く訝りつつも、レグルは椅子に立てた片膝に沿って響律符を下ろしていった。すると、小さな滲みは徐々に大きさと力強さを増し、金環に近づけた時に最も強い反応を示した。面積では負けているものの、揺らめくほむら色を押しのけるように、黒色の鋭い放射光が異質な存在感を放っている。
 フローリアンがみたび小首を傾げた。
「レグルって、レプリカじゃないんだ?」
「んなわけあるかっ」
「反応は間違いなくレプリカのものだよ。おそらく、かなりの量の第一音素が体内に混入してる可能性が高いね」
 響律符を足環から近づけたり遠ざけたり、神経質な学者みたいな目つきをして、アゲイトが淡々と怖いことを言った。譜術を使うために音素を体内に取り入れるのは当然のプロセスだが、『混入』という言い方はいやに剣呑なニュアンスだ。
作品名:彗クロ 3 作家名:朝脱走犯