零時前のヒール
それは、「今日は天気がいいですね」「僕はロゼワインが好きです」なんていう他愛もない話のように始まった。
「ところで、ブルックスさん」
「はい?」
ホテルを出て夜道を歩きながらしばらく世間話をして、先程オリハラがいっていた「公園」に差し掛かった頃、ふとオリハラが思い出したようにいった。
「ブルックスさんは五分間身体能力が百倍になるハンドレッドパワーをお使いになると聞きました」
「ええ、そうですが」
「身体能力が百倍になるというのは……こう、例えば力持ちになったりするんですかね?」
「確かにそれもありますが、それだけではありません」
ぴっ、と人差し指をのばしてバーナビーは少し得意気に説明する。
「能力が発動している間は腕力、脚力だけでなく視力、聴力も100倍になります。わかりにくいかもしれませんが視力や聴力の場合は、そう、例えばとんでくる弾丸がゆっくりしたスピードに見えるとか、閉じ込められた要救助者が声を出せばどこにいるのかわかるとか、そういうことに使われます。それと発動中に受けた傷は発動していないときに受けた傷より軽い、という防御効果もありますね」
「なるほど」
素直に感心したように頷いているオリハラを見て少し話しすぎたかとバーナビーは危惧したが、「それで」とオリハラはまた疑問を口にした。
「ネクストを使っているときと言うのは、身体や目が青く発光するんですよね?」
「ええ、そうですよ。ただ全員が全員そうだとはいいきれませんが」
「というのは?」
今までの世間話と違い、妙に話にこだわるオリハラに疑問を抱きながらもバーナビーは答える。
「オリハラさんはヒーローTVをご覧になっていますね?」
「ええ、欠かさず、とはこちらも仕事の関係上言えませんができる限りは」
「では折紙サイクロンをご存知ですね? 彼の能力も」
オリハラは首肯して、「あぁ!」と思い当ったようにパチンと手を叩いた。
「擬態している間は発光しない、ということでしょうか?」
「そうです。擬態する瞬間は発光しますけれど。ま、擬態しているのに発光していたらすぐにわかってしまいますから」
「それもそうですね……」
そして、オリハラはピタリと喋るのを辞めた。
じゃり、じゃり、と足元に敷き詰められた公園の砂が前に進むたびに夜の街にやけに大きく響く。
突如訪れた沈黙に、バーナビーの心臓が波打つ。
「……オリハラ、さん?」
「ブルックスさん」
先程まで顔を見ずとも表情が読み取れたほどだった彼の声に感情が見当たらず、思わずバーナビーは横に並ぶ男を凝視した。
「貴方に質問があるといっていたのを覚えていますか?」
「……ええ、勿論」
「そうですか」
彼の顔は、陰になって読み取れない。
オリハラは満を持したように語り始めた。
「実は、俺の周りに、身体も目も青く発光しない、けれど怪力の男はいましてね……」
「……はぁ」
なぁんだ、そんなことか。
それがオリハラの質問に対する当初のバーナビーの印象であった。
「……ネクストではありますが、例えばヒーローのロックバイソンさん、わかりますよね? 彼の能力は己の皮膚を固くすることですが、それ以外にも車を持ち上げる等持ち前のパワーで活躍されてらっしゃいます。ネクストでなくても身体能力のある方はあると思いますけれど」
「なるほど、車をね……」
そういえばそんなシーンもありましたね、とオリハラは人差し指を唇にあててひとりごち、「では」、とバーナビーの顔を見て、立ち止まった。釣られてバーナビーも立ち止まり、じゃり、じゃり、となっていた足音が止まって辺りが静寂に包まれる。こちらを見る際に街頭の光に照らされた目が赤く、影の中で踊るように爛々と輝いた。
「これはありえますか? 標識を折り、自販機を投げ、ナイフが刺さらない、トラックに轢かれてもすぐ立ち上がる、ネクストではない人間は」