零時前のヒール
「…………で?」
「うん?」
「金と時間を飽かせて日本からは行くことが制限されているシュテルンビルトにビザとってまでいってわざわざ現職ヒーローに平和島静雄がネクストかどうか聞いてきたってわけ?」
「そうだよ」
ずず、と秘書にいれてもらった紅茶を一口すすり、やっぱり波江さんの入れた紅茶が世界で一番おいしいなあと適当なことを口走った雇い主にいつもより五度ほど温度の低い視線を向け、矢霧波江は任されていたパソコンの仕事をすすめた。
「突然『海外旅行に行く 留守は頼む ちゃんと給料にボーナスもつけとくから』ってメールがきたと思ったらそんなこと……」
「でもちゃあんとその間仕事の指示はしていたし、君に迷惑かけることはなかっただろ? あぁ、ほら、お土産も買ってきたんだ」
机の上に広げていた大小さまざまな袋をごそごそと漁っていた臨也は、お目当てを見つけたのか大きめの箱を引っ張り出して「これこれ!」と波江に自慢げに見せる。
「シュテルンビルトヒーロークッキー! 味見したんだけれど中々おいしかったよこの俺がいうんだから間違いない。あぁそれで、このタイガー&バーナビーのおそろいのマグカップと歯ブラシは新羅と運び屋に、ロックバイソンのグッズはドタチン、折紙サイクロンは狩沢と遊馬崎がファンだったね、あぁ、狩沢はファイアーエンブレムも好きだったかな、もう一人いた彼の分もいれておこう。来良の男子二人には、ふふ、ブルーローズのセクシーグッズを授けよう。それと沙樹ちゃんも杏里ちゃんも確かドラゴンキッドが好みっていってたかな?」
「誰もそんなもの頼んでいないし嫌がらせとしか思えないものもいくつか見受けられるけれど?」
「はは、波江さん今日は優しいなあ、いつもならつっこんですらくれないのに。
うーん、でも流石にこんなにあると自分で配るのも大変だしあとで運び屋を呼んで送ってもらおう」
あぁこのバーナビーグッズはシンガポールに送ろうかなぁ、などとつらつらと言葉を並べながら回転イスに座って愉快そうにくるくる回る上司をもう見る気もせず、淡々と仕事をしながら波江は絶対零度の言葉を吐いた。
「見たところ忙しくなさそうだし、時間はあるんだから今からでも歩いて配ってきたらどうかしら」
「人聞きの悪いことを言うなあ波江さん、忙しくないんじゃなくって自営業で時間配分が好きにできるからそうみえるだけだよ。年がら年中俺は人間に引っ張りだこで大忙しさ!」
「人、ラブ!」と今では聞きなれたふざけた叫びを聞き流し、波江は手首に巻いた腕時計をちらと見るとコンピューターの電源を落とし、すたすたと玄関の方へ歩いていく途中思い出したように雇い主の方へと振り向いた。
「終業時刻だから帰るわ」
「はいはい、お疲れ様」
仕事机の上に散らばった大量の土産やその袋に姿を埋もれさせた情報屋がその向こうから投げやりな声と共にぴらぴらと手だけ振りかえすのを確認すると、タイムカードを押して今度こそ矢霧波江は部屋からでていった。
「……まぁ」
一人になった部屋で折原臨也は呟く。
「それで終わりってわけじゃあないんだけれどねぇ……」