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みっふー♪
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novelistID. 21864
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遠い雨

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「ちっ、違うんですよ、いやぁねあの子何勘違いしてんのかしら、」
――だいたい私とマ夕゛オさんが結婚したらマ夕゛オさん、あの子の義父さんじゃなくて義兄さんになるんですものねっ!
「……。」
思わずおじさんのグラサンもズレた力説のあと、姉がぽつりと漏らした。
「まぁそりゃ、長いこと私があの子の母親代わりだったから……」
それで余計混乱させちゃったのかしら、姉が真顔でおじさんに同意を求めた。
「……」
そーかもしれませんな、真横に首を傾けたおじさんは髭面に苦笑を浮かべた。
「……。」
――あっ、アホだこいつら、神妙な面持ちの姉とおじさんに背を向け、両手に力いっぱい頬を抓って少年はどーにも辛抱堪らん状態を必死に耐えていた。


+++

姉と別れの挨拶をして、少年とおじさんは外に出た。また少し雲が重たくなっているようだ、少し前に客間を飛び出して行った眼鏡くんが、塀の前にひとりで立っていた。
「――シンちゃん、」
おじさんが声をかけた。眼鏡くんが目を上げた。――俺は透明人間だな、おじさんの隣でおさげ少年は思った。
「……やっぱり、行っちゃうんですか」
低い呟きに眼鏡くんが言った。横にいる少年の方は一度も見ようとしなかった。
「すまないなシンちゃん」
俯いたおじさんは髭面を曇らせた。「君にも女少ちゃんにも、あんなによくしてもらったのに」
――いずれ近いうちに改めてお礼に来るよ、おじさんが言い掛けた。
「ボクはっ……!」
遮るように眼鏡くんが顔を上げた、……どーだっていいそんなこと、それより何より、けれど込み上げる感情に続きは言葉にならなかった。
「……これ、」
濡れた眼鏡の下を袖に拭うと、眼鏡くんは袂から取り出した古い眼鏡をおじさんに差し出した。
「もらって下さい、僕だと思って、」
ぜんぜん、お餞別にもならないけど、涙のあとに精一杯の笑顔を作ってみせる。
「……ありがとう、」
受け取るとおじさんはグラサンを歪めて鼻を啜った。
「大事にするよ」
「……、」
眼鏡くんは何か言おうとした。しかしもはや限界だった。
「それじゃっ!」
引き絞った明るい声に言い残し、決して後ろを振り向くまいと門の中へ駆け戻る。
「……」
眼鏡くんの形見を手に、おじさんは立ち尽くしていた。少年は一歩踏み出した。
「じゃあ行こうか、父さん」
二人は歩き出した。それきりお互いひと言の会話もなく、閑静な屋敷地を離れて往来の増えた通りに出たあたり、
「……おじさん、」
少年が不意に呼びかけた。
「……」
おじさんは振り向いた。少年が隣でおかしそうにおさげの肩を揺らした。
「どうしてさ?」
見上げて訊ねる菫色の瞳の挑戦的な輝きを帯びていた。笑い含みに少年は続けた。
「俺の芝居に付き合うことなかったんだ、こんなクソガキ知りませんって、叩き出してりゃ良かったのにさ」
「……知らないわけじゃないだろ、」
一つ息を吐いておじさんは返した。「こないだ道で会ったじゃないか」
おじさんは髭面に微笑を浮かべた。
「――会ったって、」
少年が肩を竦めた。歌うようにおじさんは言った。
「袖触り合うも多生の縁、ってね」
「は?」
少年は眉を顰めた。
「こんなおじさんの擦り切れた半纏でよかったらいつでも貸すよ、」
おじさんは猫背を反らせて胸を張った。
「……おじさんヘンな人だな」
少年は呆れたように息をついた。
「――あんまりおかしくてハラ減っちゃったよ、」
少年が立ち止まった。定食屋の暖簾の前だった。
「ここ、寄ってこーか」
店を指して少年が言った。
「えっ」
おじさんは慌てふためいた。――財布財布、半纏をひっくり返して確かめたところで、どだい中身はすかんぴんなのはわかりきっている、……こんなことなら恥を飲んでも出がけのお餞別固辞するんじゃなかった、後悔先に立たずである。
「大丈夫だよ」
少年はにっこり笑みを浮かべた。「何ならおじさんにもオゴろうか?」
「えぇっ?!」
おじさんはますます驚いた。少年に続いて恐る恐る中に入ってさらに肝を冷やした。
「コレぜんぶね!」
少年はさも当たり前のように品書き全品注文して、運ばれて来た皿から順に瞬く間に完食していく。テーブルいっぱいにみるみる積み重なっていく空き皿を見て、おじさんはざあっと血の気が引いた。――こっ、この子はいったいどーゆー食欲してんだろう、いつでも頼りなさい、なんて早まって大見得切りすぎただろうか、バイトいくつ掛け持ちしたところで到底養い切れるもんじゃない、
「……ほっ、本当にお勘定大丈夫なのかい?」
おじさんは冷や汗を垂らしながらそれだけ訊くのがやっとだった。忙しく手と口を動かしながら少年が笑った。
「――俺はツケがきくんだよ、」
飯粒を茶で流し込んで少年は言った、「ここらのシマでクダまいてたゴミ虫、ぜーんぶ俺が狩ってやったからね」
「……。」
情けないとは思ったが、おじさんは返す言葉がなかった。そんな、当たり屋亜種みたいな業の深い真似はやめなさい、説教しようにもまずは先立つものが必要だった。
「……しかし、なんとかハンターってのは本当だったんだな」
ひたすら愛想笑いに揉み手を引き攣らせていた店主におみやげの小龍包までもたせてもらった帰り道、おじさんがぼそりと呟いた。
「おじさんハントはシュミじゃないけどね」
笑い含みに少年が言った、「って、あれはおじさんの方からナンパしてきたのか」
少年はからから明るい笑い声を立てた。
「……。」
おじさんは小龍包の包みを抱えてぐったりした。まったくこの子が何を考えているやらさっぱりだ、いよいよ本格的にいろいろと早まったかもしれないぞ、明日の我が身を思うとおじさんの胸は不安でいっぱいだった。
そうして連れて行かれた先は、少年が塒にしている廃墟同然のビルの一室だった。雑然とした室内は埃と黴とで湿っぽく、――こりゃ精神衛生上たいへんよろしくない、さっきまでの鬱々とした気分もどこへやら、おじさんはすわと腕まくりして掃除を始めた。
――俺はぜんぜん構わないんだけどな、少年は大して乗り気でなかったが、それでも寝床と足の踏み場くらいは確保できた頃にはとっぷり日も暮れていた。
作品名:遠い雨 作家名:みっふー♪