【aria二次】その、希望への路は
4.重たい荷物が運べない
「はい。ネオヴェネツィア・ゴンドラ協会です。え? ええっ?」
ゴンドラ協会の事務所で、事務員が電話を取ったものの、応対に手間取っていた。その様子を見た事務の責任者が、手振りで示す。
『こっちに廻して。私が聞くわ』
事務員は、ほっとした表情を浮かべて電話口に語る。
「すいません。私ではお返事できませんので、上の者と代わります」
事務員が保留にすると同時に、責任者は受話器を取った。
「お電話変わりました。え? ウンディーネを一人寄越して欲しい? 観光じゃないから、プリマでなくてもいい、ですって? …… 」
右手でせわしなくメモを取りながら、相手の要求を聞き取っていく。
「申し訳ありませんが、ゴンドラ協会からは、直接ウンディーネを派遣することは出来ません。それに、観光以外の目的で、観光案内会社にウンディーネの派遣を依頼することも出来ないんです。 …… ええ …… ええ …… ご要望に添えず、大変申し訳ありませんが …… 」
しばらくの間やりとりした後で、電話を切ってため息をつく。電話が終わったのを見た事務員が声を掛けた。
「何だったんでしょう? いきなり、ウンディーネを派遣しろだなんて」
「何か、面倒くさい荷物の搬送みたいね。んんっと …… 」
今のやり取りに疲れたのか、気だるそうに答えた責任者が、壁の時計を見て口ごもる。
「もう、会合が始まってる時間ね。お昼の休憩を見計らって、私からグランマに連絡しとくわ。他にも、報告や連絡事項があるし」
一方、ウンディーネ派遣を断られた電話の主は、頭を抱えていた。首を振りながら受話器を置き、事務所から中庭に出る。運河に面したそこでは、舳先が大破したゴンドラが輸送用エアバイクでぶら下げられていた。その下で、何人かの作業員が枕木を並べている。
少し離れた場所で立っていたネオヴェネツィア電力公社の担当者に、電機屋の親方は話しかけた。
「どうするよ、ゴンドラ協会にも断られちまったぞ」
それを聞いた担当者が、悲鳴のようなため息をつく。
ネオヴェネツィア・ウィンドファーム(風力発電所)にある風力発電機の一台に、不具合が出た。ネオヴェネツィアの町工場街にある電機工場の親方(マエストロ)は、発電機の修理と再調整を請け負い、今日、調整が終わった発電機を、風力発電所まで届けなければならなかった。だが、ゴンドラでの搬送が思うように行かず手間取っている。挙句の果てに、操船に失敗したゴンドラが大破する事態にまで及んでしまった。
しょげ返った担当者に、親方は疑問をぶつけた。
「なぁ、発電所からここまで発電機を運んできた、でかい輸送用リフターで運んだらええのやないか?」
「あれはレンタル料金がバカ高いんですよ。工場から発電所への移送にも、あのリフターが使えるように申請は出したんですけどね …… 」
うらめしそうな目付きになった担当者が、親方に答えた。
「 …… 経理から却下されちまって。発電所から持ってくる時はリフターを使ってもいいけど、発電所に持っていく時はエアバイクかゴンドラを使え、って」
「無茶やぞ、それは。こんな重いモンを発電所まで運ぶんは、並みの漕ぎ手には無理や。エアバイクだってエンジンがもたん」
彼らは、沈みかけたゴンドラから、かろうじて濡らさずに回収できた発電機に目線を移す。確かに、並みのゴンドラやエアバイクで運ぶには、少々重すぎる代物だった。
「公社の経理は、こんなモンがエアバイクやゴンドラで運べるとか、なんで言い出したんやろ?」
親方の呟きに、担当者が応えた。
「なんでも発電所建設当時に、発電機や風車をエアバイクやゴンドラで搬送した記録が残ってるとかで」
「そらあかんわ …… 」
それを聞いた親方があきれ顔で言った。担当者は説明を促す表情で、親方のほうを見る。
「発電所をこさえた頃は、ノーム(地重管理人)がまだ全開で動いてなかっただろ。このへんの重力加速度は、0.5G ぐらいしか無かった筈や」
「あ!」
担当者は、虚を衝かれた顔になって声を上げた。どんな重たい荷物でも、当時なら半分程度のみかけの重量しかなかったのだ。
あわてて、携帯電話を取り出し、公社に電話を入れる。話し始めた担当者の顔が、みるみる険しいものになる。その表情の変化を、親方は固唾を呑んで見守った。
電話を切った担当者は、うんざりとした口調で言った。
「リフターのレンタルは無理だそうです。輸送屋さんの予定も詰まってるそうで。なんとかして、こっちで運んでくれって」
親方は、うめき声を漏らしながら天を仰いだ。
「なぁ、リフターが手配できるまで、発電機一台ぐらい、止めててもええのやないか?」
「それが出来ればいいんですがねぇ」
親方の最終提案に、担当者はため息交じりに答えた。
「風車を一つでも止めちゃうと、観光協会が嫌がるんですよ。今度のメンテだって、観光協会を拝み倒して、やっと出来たぐらいですからねぇ」
ネオヴェネツィアは観光の街。体裁が全てに優先される事が多々あった。親方も担当者も、それは仕方の無いことだと納得してきた。だが、今日この時だけは、観光優先の考え方がいまいましく感じられる。
万策尽きて、ため息をついた親方が、何気なく水路を見た。こちらに向かって、すいすいと進んでくる一艘のゴンドラを見つけたのは、そんな時だった。
作品名:【aria二次】その、希望への路は 作家名:立早 文