座敷童子の静雄君 2
座敷童子の静雄君 afterのafter 中編
(……う……、ん、……うわぁぁぁぁぁ!!)
久々に来た、あのジェットコースターがまっしぐらに急降下する嫌な重力に、眠りかけていた静雄の目がぱちっと開いた。
もう慣れたのか、気絶する事なく真っ暗なトンネルを抜けた先……、ぽいっと躍り出たのは帝人の真ん前で。
「「……え?………」」
二人見詰め合って、しばしピシリと固まる。
だって彼女は一人用の小さなコタツに足を突っ込み、台の上に湯気の立つ洗面器とやかんを置き、上半身裸になり、絞ったタオルで丁度腰周りを拭いていて。
蒼い大きな瞳が驚きにまん丸に見開かれ、でも直ぐにタオルを放り出して立ち上がり、静雄に飛び掛ってむぎゅっと抱きついてきた。
「静雄くん、久しぶりです♪ 嬉しい♪ もう二度と会えないと思ってました♪」
(乳しまえぇぇぇぇ!!)
好きな女の、貧弱だけどふにゃふにゃ柔らかい胸に顔を直接押し当てられ、パニックに陥らない男はマジでいないだろう。
涙目になって慌てて視線を逸らせば、洗面器の真横にあの手鏡がちんまり置かれているのが見えて。
どうやら、タオルを絞った時にお湯がかかったらしい。
でも、二年前に母親が踏んで壊した筈なのに、綺麗に元通りになるって、何でだ?
それにここは一体!?
「………土蔵?……」
「いいえ、私の借りている部屋です。えへへ、実家とは随分かけ離れてますねぇ」
「今、何……してんだ?」
「ここ、お風呂ありませんので、……行水?」
こっくり小首を傾げる姿は可愛いが、子供は涙腺がメチャメチャ弱い。静雄は不覚にも涙を零しそうになった。
十代のお洒落に気を使う年頃の娘が、薄暗い四畳半一間の昭和風ボロアパートの中、沸かしたお湯を洗面器に張り、浸したタオルで体を拭いて風呂の代わりにしてるなんて。
しかも夏なら兎も角、後数日で12月に入る、この冬の寒い季節にだ!!
(こいつの両親何考えてやがる!! 一人娘が可愛くねぇのかよ!!)
それとも、あえて過酷な環境に身を置かせて、極限な生活に根を上げた頃、田舎に『戻れ』と強制送還しようとする魂胆かもしれない。
あの強烈な母親ならやりそうだ。
しかし田舎の広大かつ贅沢な和の家屋とかなり違うライフスタイルに、メンタルの弱い静雄の方が先に参りそうだ。
くしゅんと頭の上で嫌な音を聞いた時、自分を抱きしめている帝人の腕に寒さの鳥肌が立っているのに気がついた。
「……はや……く、着ろ!!……」
慌てて予め用意されていたらしき彼女の肌着を頭から被せ、浴衣の襟を直してやったらなんとなくだけど体が熱い気がして。
ぽしりと彼女の額に手のひらを置き、自分ももう一方の手で額を押さえ、熱さを比べてみる。
子供は体温が高い筈だが、帝人は確実に自分以上あった。
「……熱、……高い……」
「……、あらら……」
「……病院いこ……」
「あは、大げさです。寝てれば治りますよ、きっと♪」
「じゃ、……すぐ横……」
「ふぎゃぁぁぁ!!」
帝人を敷いてあった布団にころりと転がし、頭から掛け布団で覆ったが、綿がぺらりとしてて薄すぎる。
(……これ一枚じゃ寒いよな……)
とたたたと押入れに駆け寄り、襖を開くが中身は空っぽ。
(なんだこりゃぁぁぁ!!)
後数日で12月だと言うのに、なんで毛布一枚無いんだ?
「……薬……と、……カイロ……買ってくる!!……」
ため息をついて己の紺色の着物の袂をぱたぱたまさぐっても、やっぱり今の自分は文無しで、仕方が無く勉強机の椅子を借りてよじ登り、ハンガーに掛けられていた帝人の来良の制服に手を突っ込み、スカートのポケットから勝手に財布を漁った。
ドラッグストアがもし閉まっていても、最悪、新羅ん所へ押しかければいいし……と、思い巡らせつつ、桃色の可愛い財布を開いてみたら、札が一枚も無く、残金も252円しかない。
「……なっ……、なんでぇぇぇ!!」
布団の中に押し込んだ筈の帝人が、真っ赤な顔で、ぴょっこり頭を覗かせる。
「ごめんなさい静雄くん。今日古着で、……お買い得な冬用コート3000円を買ったら、お金尽きちゃいまして……」
「……俺、おろしてきてやる……」
「凄いですね静雄くん。ちゃんとATMの使い方判るんですね♪」
「カード!!」
「でもすいません。私今、貯金、全くなくて。……後、十日経ったら、アルバイト代が入りますから……」
(仕送りゼロかよ、あんのクソババァ!!)
「……もういい、待ってて!!……」
コタツ台を引っぺがして壁に立てかけた後、正方形の布団を剥ぎ取って再び寝ている彼女に被せた。
続いて来良の制服の真横に掛けてあった、今日買ったと思わしき厚地のコートも、更に布団の上から被せてみる。
最初、彼女をこのコートで包んで新羅の所に連れて行こうかとも思ったけれど、このチビな体で持ち上げて冬の夜を疾走するには、容態が心配だ。
帝人をできるだけ温め終わると、蒼い着物を翻して、裸足で外へと飛び出した。
夜の街並みは見覚えがあった。
(……あー、ここ……サンシャイン60の裏じゃねーか、ちっ、……かなり奥まった通りだな……)
彼女の超レトロなボロアパートは、明らかに危なげな薄暗い路地裏にあった。
丁度帰宅したのか、すれ違って隣の部屋に入っていったくたびれたトレンチコートの男も、何か如何わしげな風体で、何となく裏社会の住人な気がする。
(こんな所で、15の女一人で住んでんじゃねぇ。治安悪すぎだろがぁぁぁぁ!!)
とたとたとひたすら夜の街を疾走しても、チビな体ではスピードなんかタカが知れている。しかもこんな夜に、一人必死で走る着物を着た裸足の男の子なんて珍しいらしく、通行人皆にジロジロ見られた。
呼び止めようとした警察官二人組みの腕を掻い潜り、突っ走って、目指すのは新羅の家だ。
闇医者の所なら、解熱鎮痛剤と風邪薬ぐらい常備してあるだろう。
「おい、静雄!!」
丁度、露西亜寿司の前に差し掛かった時、手を振るトムさんに呼び止められた。
彼は結構大き目なビニール袋を提げていて、近寄った静雄にそれを「ほれ」と手渡してくれる。
中身を覗き込めば、薬局で買ったと思わしきバファリンと熱さまシート、使い捨てカイロが一パック、葛根湯(風邪薬。漢方薬)一箱、それにゼリー飲料とインスタントのおかゆパックとフルーツ味なカロリーメイトスティック、500ミリリットルのスポーツ飲料も種類別に三本もあって。
「……何で、いるもの……判った……んすか?」
「あー、お前さ、今露西亜寿司のカウンターに、自分の体置いてっただろ?」
そういえば、新羅とセルティで実証済みだった。
チビ静雄は精神だけ飛んでいく状態で、残った体に第三者が手を触れると、静雄が体感している事全部がリアルタイムで見えてしまうのだった。
あの時と今は、時の流れが全然違うが。
作品名:座敷童子の静雄君 2 作家名:みかる