ぐらにる 流れ 茨の城
クスリはあまり使いたくないんだ、と、姫はぽつりと漏らした。また、あんなふうに独りで泣いている夜があるのだろう。そう思うと胸が痛む。だが、どちらにも信じているものがあって、それを果すには、どちらも一緒に暮らせない。何度も求婚するのに、それはずっと拒否されている。
「・・・姫・・・愛している。どうか、茨の城に滞在する間は、穏やかな眠りを。」
「ああ、穏やかっていうーか、ほとんど披露困憊の状態だ。気絶してるのと変らない。」
「きみさえ、是と答えてくれるなら、私はきみを攫いたい。」
「是とは言えない。あんたも俺もやりたいことがある。それを叶えたら・・・・いや、途方もないな。きっと、それまでに終わっちまう。」
「終わる? 」
「そう終わるんだよ、グラハム。だから、それは言うな。これで精一杯なんだ。」
どちらも危険を伴う仕事なので、どちらかが死ぬこともある。それか終わりだと姫は思っているのだろう。
「終わりはない。もし、私が死んだら、姫の守護神となろう。それなら、きみは眠れない夜を過ごさなくていい。」
「大きく出たな? 守護神ね。・・・はははは・・・」
その話は終わりだとでも言うように姫は、私に圧しかかった。そして、唇にキスをして、そこから首筋、胸とキスと愛撫を続ける。最後に私自身にキスをすると、するりと飲み込んだ。
「今度は私を抱く気かね? 姫。」
そう言うと、姫は私自身を口から離した。そして、ニヤリと悪戯な笑みを浮かべる。
「何もしてはいけないのなら、ベッドでは、あんたが何もしないっていうのもアリだろ? 俺に食われろ。」
「仰せのままに。」
姫は私に跨り、優雅なロデオを舞っている様だった。たまに、私が突き上げると締め付けられる。姫がこんなに能動的に私を食べるのは初めてのことだ。
・・・これは素晴らしいサービスだよ、姫・・・・・
休憩を挟んで私たちは夜が明けるまで愛し合った。笑い声や啼き声や、いろんな姫の声が聞こえて、私は満足した。
目が覚めたのは、もう陽が高くなった頃だった。となりの姫は起きる気配がない。真っ白な裸体を惜しげもなく晒した姫は綺麗だった。姫は穏やかな寝息を紡いでいる。それは幸福感のある映像で、私は胸に何かか溢れてくるほどだった。
「愛している、姫。」
そっと前髪を掻き上げて、姫の額にキスを贈る。それから、ベッドから降りた。ご希望の朝食を準備するためだ。
ガタンカタンという音で目が覚めた。気持ちの良い陽光が窓から降り注いでいる。昨夜は、かなり箍が外れた。その自覚があったので、ばふんと寝返りを打つ。だが、音が激しいので気になって身体を起こした。そっと寝室のドアを開けてみると、台所で立ち働いているグラハムがいる。指を火傷したのか、人差し指を舐めている。そして、タイマーの音に慌ててフライパンのフタを開けて、また、「あつっっ。」 と、小声で叫んでいる。何もしなくていい、と、グラハムは言ったのだが、どうやら本当に朝食を作っているらしい。あたふたと動いているグラハムは、こちらが覗いていることにも気付かない。コーヒーメーカーからは、とても香りの良い匂いがして、パンが焼きあがる香ばしい匂いもする。そんな中で、グラハムは頬を緩めて動いている。
・・・・普通、誕生日なら、俺がやるべきことだと思うんだけどな・・・・
ても、普通じゃない男なので、何かしらやりたくなったのだろう。そして、グラハムは楽しそうに準備に勤しんでいる。そろそろ仕上がりそうな気配なので、ニールは踵を返して、ベッドにダイブする。
バタンと音がして扉が開いた。
「姫、起きてくれ。朝食を運んでくる。」
軽いキスをされて身体を揺すられる。
「・・ん・・おはよう、グラハム。」
ニールは寝ていたふりで目を擦った。
「私の手製の朝食だ。きみほどの腕はないからホテルのシェフのようにはいかないが・・・どうか食べてくれ。」
声をかけるとグラハムは、すぐに朝食を運んでくる。少し焦げた目玉焼きだとか切り方が歪なトマトだとか、こんがりと焼けたトーストが銀のトレイ一杯に運ばれてきた。
「うわぁーすごいな。」
「これを食べさせるのも、私の仕事だ。姫は何をご所望かな? 」
ベッドに置かれたトレイに目を見張っているニールに、グラハムは尋ねる。すると、姫は、「まずは、これ。」 と、グラハムの唇にキスを贈った。
「ハッピーバースディー、グラハム。・・・・愛してる。」
「何よりの贈り物だ、ニール。私も愛している。」
濃厚にならないように啄ばむようなキスを繰り返し、ようやくトーストを差し出される。そんな誕生日の朝。
恋人は、誕生日の祝いに、俺の世話をする権利を要求した。なぜ、彼は自分の誕生日に、俺の世話をする権利なんてものを欲しがるのか理解できない。だが、基本KYで電波な人間なので、当人が欲しいと言うなら差し上げるまでのことだ。それなら別に準備することもない。
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「でもな、祝うには酒とかケーキぐらいは用意しようぜ? グラハム。」
ベッドで朝食を食べて、もちろん、これもニールは何もしないで運ばれるものを大人しく食べただけだが、少し眠ってからニールから提案した。本日が誕生日だ。何もしないでいてくれ、と、言われてもお祝いぐらいはしたいわけで、それなら買い物に行きたいなんてことになる。
「ケーキも酒も用意している。酒はワイン各種とアイリッシュウイスキーそれからバーボン。他にも必要かね? 姫。」
「あーえーっと、シャンパンは? 」
「それは冷やしてある。」
至れり尽くせりの準備がされいるらしい。何もしなくていいと言ったのは本気だった様子だ。
「なんで、あんたの誕生日祝いが、『俺の世話をする権利一式』なんですかね? エーカーさんや。」
「きみが、この間、『ベッドで朝食を食べてみたい』 と、呟いたので考えた。確かに、きみは私の茨の城に来訪する時は私の世話をしてくれる。だから、たまには私がきみの世話をしたくなったんだ。・・・・まるで、きみを茨の城に閉じ込めてしまったようで楽しい。」
「つまり、帰る時間まで俺は茨の城に監禁なのか? 」
「別に、どこか希望があれば外出も許可する。」
「じゃあ、散歩ぐらいはしたい。せっかくの休暇だってーのに、ずっと引き篭もりはよくないだろう。」
三日後、近くのエアポートから特区へ戻る。そこで刹那と合流する予定になっている。それまで少しぐらいお祝いもしたかった。
「ドライヴぐらいでどうだろう? 」
「ああ、それでいい。メシぐらいは奢らせろよ? 」
「それは断固拒否する。・・・・それなら、きみから貰い受けたいものがある。」
「高額商品とプロポーズじゃなければ? 」
「これから一日に一度でいいから、『愛している』 と、私に言ってくれないか? それだけでいい。それだけで、私は幸せな気分になれるんだ。」
真面目な顔で、そんなことを言われたら、ニールは何も言えない。いつか殺し合う相手であると、ニールは理解しているし、殺すなら自分が苦しませないで一発で仕留めるつもりだ。
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作品名:ぐらにる 流れ 茨の城 作家名:篠義