とある夢幻の複写能力<オールマイティ>
「…いや、何も聞いてないけど」
「…そ。ならいいけど」
…さすが我が母親
俺の考えている事はお見通しか
だけど空気を読んでくれたらしい
悪いな、母さん
「とりあえず、なんかわかったら教えてね。あんた、あの子と結構関わりあるんでしょ」
ええ、嫌と言いたいほどにはね
何て言えるはずも無く俺は
「…分かったよ」
と、無難に返しておいた
そのあと
晩飯を食べ終わった母さんが風呂に入ったのを確認した俺は、手持ちの端末から近くの公衆電話を介してあの実験のデータにハッキングをかけた
家から公衆電話は少し距離があったが、俺の部屋が窓際だったこともあり、難無くすることが出来た
そして俺は事実を知った
「…まだ…実験は凍結されていなかったか…」
分散された実験施設の総数は計一八三施設
リストアップされた施設のなかには、流石にSプロセッサ社はなかったが、それでも多すぎる
どうやって一晩で…
「…いや、前々から移籍の計画が立てられていた…?」
おそらく、御坂が最初に電気的に施設を潰してまわっていた時点で移動の準備が始まっていたのであろう
そして、あの製薬会社とSプロセッサ社が最後の施設だった
…やられた
一基でも存続できるとは言え、実験に少し猶予が出来ると高をくくっていた俺が甘かった
「…そうか」
俺は端末を閉じた
そして少し早めだが寝ることにした
運命の日、八月二十一日
朝から俺は風紀委員として見回りに出ていた
「…喉渇いたしなんか飲むか」
いつも御坂と上条が鉢合わせる公園
俺はそこにいた
「…あ、あの自販機…」
そういえば、御坂がいつも蹴っていた自販機だな
なんか常盤台に入学したての頃、一万円札を呑まれたとか言ってたな
「…ホントに金呑むのか?」
疑問に思った俺は、千円札を入れてみる事にした
そしてボタンを押す
「あれ…」
ボタンが反応しなかった
しかも全て
「まじかよ…」
お釣りレバーを下ろしても金が出てくる気配はなかった
「そんな冗談やめてくれよ…」
…仕方ないか
やりたくはなかったが、損するわけにはいかない
俺はお釣りレバーを下ろしたまま、指先から電流を流し込んだ
すると、案の定入れた千円札が戻ってきた
「…これからは気をつけるか」
一応防犯系統は避けたが、いつも御坂に蹴られているせいか、鈍っていたようだ
俺は胸を撫で下ろした
…しかし少し安堵してしまった俺は、もしかしたら性悪なのかもしれない
そんなときだ
「あのー、その自販機、お金呑み込みますよ」
誰かが話し掛けてきた
まあ、実際に体験したことからの親切心からなのだろうが
とりあえずお礼を言っておこう
「ああ、そうですね。俺も以前やられたので最近は硬貨を使って…」
話ながら向き直ったのだが、そこには意図しなかった奴がいた
「…上条…なんだ、お前か」
なんと最強の不幸体質を持つツンツン頭の高校生だった
「…あ、ああ、お前か。なんだよ、驚かすなよ」
…どうした、こいつ
会うのは一ヶ月ぶりだが、こんなキャラだっけか?
少し違和感を感じたので、少しカマをかけてみる事にした
「なんかあったのか?事件に巻き込まれたとか」
「いや、何もないぞ」
「そうか?ちょと小耳に挟んだだけなんだが、カエル顔の先生がお前の事ぼやいてたぞ」
すると少し上条の眉がぴくんとした
どうやらビンゴらしい
「…どこまで聞いたんだ?」
「あー、もう手遅れってとこまでかな」
刹那、上条が土下座スタイルになってしまった
どうやら悪いことしたらしい
とりあえず謝っておこう
「そう落ち込むなよ、上条。別にドクターは悪くないし、そもそも俺がカマかけただけだから」
「なんだって」
すまん、上条
どうしても気になったんだ
他意はない
「…なんだよ、脅かすなよ。上条さん安心しちゃったじゃないですか」
とか言いながら奴は後ろを向いた
すかさず俺はその肩を掴む
「ちょっと待て上条。こんな事聞いてみすみす帰すと思うなよ?知ってるだろ、俺の事なんざ」
「ちょっと、痛いですよ?ホントに何もないから!」
「嘘を申すな、嘘を!それくらいわかるわぼけェ!しかもなんか一ヶ月ほど前とキャラ違うしよォ!」
「ちょっと待って!話す、話すから本気にならないで!」
少し本気になってしまったが、まあいい
俺の勝ちだ
俺はすぐそこのベンチへと上条を誘い、全てを聞いた
「…というわけなんですよ」
しかしそれは、俺の思いのよらないものだった
「…てことは、お前の記憶がもう戻らないってことか…」
なんと、上条のイメージ記憶―思い出を司る記憶が全て抜け落ちているみたいなのだ
しかも、脳細胞ごと破壊されているらしく、元に戻らないと思われる
「そういうことになるんだろうな。ったく、何も覚えてないってのは、結構辛いですよ」
「それで、この事を知ってるのは?」
一番疑問に思っている事を訊く
「カエル顔の先生と、お前だけだよ。…ったく、酷いもんだよ。カマかけるなんて」
ということは主治医はドクターか…
まあ、あの人ならなんとかしてくれるだろう
「悪い悪い。…つーことは、誰にも知られたくないと、そういうことだな」
「ああ。わりーけど…」
「分かってる、皆まで言うな。任せとけ」
「悪いな、えーっと…」
ああ、そうか
記憶がないってことは、そういうことだな
というわけで俺は
「風紀委員第一七七支部所属、天岡叶だ。能力は、超能力者の複写能力。通称『八人目』。よろしくな」
無難に自己紹介をすることにした
「ああ、よろしくな、天岡…って、超能力者!?嘘だよな!」
「嘘ではないが、あまり他には話さないでくれよ。面倒だから…」
このあとで上条に執拗に聞きまくられたのを拳で鎮圧したのは言うまでもない
「…そういえば、御坂は見たか?」
ちょっとあてにならないが、聞いてみた
昨日の情報を、御坂は既に掴んでいるはずだ
もしかしたら新たな施設を潰してまわっているかもしれない
「ああ、あのビリビリ中学生か?そういえばさっき、飛行船が飛んでる時に見たぞ」
なんだ、見たことあったのか
いや、それどころでなく
「なんか言ってなかったか?」
「そうだなあ、なんか、『樹系図の設計者』がどうとか言ってたな」
…『樹系図の設計者』か
あれは今は破壊されているはずだ
…いや、あいつは知らないか
公には公表されてないもんな
「ありがとう。じゃあ、俺行くわ」
「おーう、またなー」
どうやら、上条は前と同じ様に接することを勤めているしているらしい
まあ、そうしたいのはわからんでもないが
…と、そんな事思っている場合ではない
俺は近くの公衆電話へと向かった
中に入って、電話機本体にアンテナを差し込む
さらに端末を通してハッキングをかけた
かける対象はGPS衛星
その作業は数分とかからず終了した
そして今度はある端末のGPSコードを探る
御坂の携帯電話のコードだ
十数分ほど探して、ようやく見つけた
「場所は…第二十三学区、『樹系図の設計者情報送受信センター』…」
やはり、か…
御坂は、『樹系図の設計者』に何か仕掛けようとしているらしい
しかしそれは、失敗に終わるだろう
なにせ、その『樹系図の設計者』は既に無いのだから
もしかしたら、今頃やけになっているかもしれない
作品名:とある夢幻の複写能力<オールマイティ> 作家名:無未河 大智/TTjr