とある夢幻の複写能力<オールマイティ>
少年はぽつりと言葉を漏らす
「…ねェよ、雑魚共がァ!」
叶は叫び声とともに能力を発動する
四つある超能力のうちの一つ
学園都市最強の能力
一方通行を解放する
刹那、銃弾が叶に命中する
しかし、叶は無傷だった
そのはずだ
叶のすぐ目の前にある反射の壁にぶつかった銃弾は、そのベクトルを操作され、そして撃った張本人達へと向かっていた
銃弾を受けた隊員達は、皆一様に体から鮮血を吹き出して倒れていった
「へえ、一方通行も複写したのか」
「お蔭様でな。そっちは変わりないようだな、数多」
二人の『木原』は睨み合う
先に動いたのは叶だった
叶は自身の周りに数個ほど光の球を生み出す
そこからビームのようなものを放出させた
「そうか、第四位の能力まで複写していたのか。最初は超電磁砲だけだったのになァ!」
「そォだな。確かに俺は超能力を四つ複写した。文字通り、最強に近づいたわけだ」
木原数多は叶の発した原子崩しを軽々とよけ、叶の加害範囲へと滑り込む
「だが、俺は殺せねぇよ」
木原数多は静かに言い放ち、叶に拳を叩き込んだ
叶はとっさに反射の壁を作り出した
しかし、間に合わなかったのか否か
叶はその衝撃を受けて後ろへ飛んでいった
その口元からは血が出ていた
―何故だ
俺はちゃんと間に合うように反射の壁を作ったはずだ
なのにどうして俺は血を流している…?
「何故と、そんな顔をしているな」
不意に木原数多の声が聞こえ、叶は彼に顔を向ける
「わかんねぇなら、俺に根付いた『木原』を考えてみろ」
そう言われて叶は静かに考える
そしてある結論にたどり着く
「…そォか、お前の中の『科学』は、"ハンマーサイズの破壊力を顕微鏡サイズで制御する"だっけ?つまり、俺の反射の壁を利用したわけか。俺の反射の壁に拳が触れた時に音速に近い速度で拳を引き戻すと、反射の壁はそのベクトルを"反射"して拳を俺に引き寄せていたわけか…」
肩で息をしながら、叶は能力で得た見解を述べる
その答えに対して、木原数多は高笑いをしながら言葉を並べた
「ハハハハハ、正解だ叶!どうやら高速演算は衰えていないみたいだなぁ!」
「当たり前だ。せっかく手に入れた能力なンだ。お前らみたいに、俺には『木原』としての科学が根付いてねェんだから、使えるものは全部使うさ」
その言葉を聞いて、またも木原数多は高笑いをした
「ハハハハハ!おいおい叶、そろそろボケは止めてくれ。お前にはちゃんと、『木原』が根付いてるじゃねぇか」
叶は顔を訝しめた
「どォいうことだ」
「気付いてねぇなら教えてやるよ。お前に根付いている科学は、『超能力』と『能力の解析』だ」
「『超能力』ってのは、まさか…」
叶は驚いたような、信じられないといったような顔で木原数多を見据える
「そうだよ。というより、『能力の解析』もそうなんだが、お前に根付いた科学ってのは、お前が一番よく知ってる"ソレ"だよ、『八人目』」
それを聞いた瞬間、叶の背筋にゾクリと来るものがあった
ただ身内に自身のことを違う名で呼ばれたからではない
「…俺に根付いた二つの科学ってのは、複写能力だと、そう言いたいわけか」
叶は信じがたいといった様子で結論を付ける
「だが、『能力の解析』ってのは何なンだ?複写能力が『超能力』ってのはよく分かるが…」
木原数多は、ニヤリと笑って質問に応える
「それはなぁ、その能力の本質に隠されている」
「能力の本質?」
そういえば、絶対能力進化実験を止める過程で死んだテレスティーナがそんなことを言っていた
叶は少し息を正しながら従兄に訊く
「何なんだ、それは」
「どうやらその様子だと、知らないみたいだな。なら、教えてやるよ」
ニヤリと笑い、木原数多は言葉を紡ぐ
「お前の能力の本質、それは、"『自分だけの現実』の観測"だ」
「…『自分だけの現実』の…観測…?」
「そうだ。直接"触れる"ことで触れた人間の『自分だけの現実』を観測、それを脳内に情報として記憶するというのが、この能力の本質的な効果だ。能力を複写して自分のレベルで行使するっていうのは、単なる付随効果だ。一方通行におけるベクトル操作と同じだ。高速演算、能力検索は知っている通り、単なる複写能力の副次能力だがな」
「…前々から疑問に思っていたんだ。俺の能力は、なんでこんな能力なのかってのは」
木原数多による自身の能力の解説が終わって、叶は少しずつ言葉を漏らす
「でもまさか、『木原』によって植え付けられた、研究者になるための能力だったなんてな…」
叶は俯いていた
結局、複写能力の本質が『木原』に通じていた
それを聞いて、まだ自分は『木原』から足を洗えていないのだと痛感したからだ
しかし
「でも、すっきりしたよ」
「なんだ、『木原』に戻るのか?今なら歓迎するぞ」
「いいや、そんなことはしない。黙ってお前を叩き潰すだけだァ!」
まだその目には光が宿っていた
一時消沈していた感情が高ぶってくる
叶は再び数個の光の球を生み出した
「チッ、F班、車を出せ!ガキを連れてズラかるぞ。残りは叶を抑えておけ!」
何という従順な部隊なのだろう
数人の部下を引き連れ木原数多が去って行く一方、残りの十数人は叶に銃を向けて立ち塞がる
「邪魔だ雑魚共がァ!」
叶は原子崩しを発射し、傭兵達を蹴散らす
その過程で数人が肉塊という名のオブジェになったが、叶はそれを気にしない
そして木原数多と打ち止めの乗った車を見据え、地面に手をたたき付ける
すると刹那、車を遮るように地面から壁が生えてきた
物質錬成だ
量産型能力者計画の元研究者、桐原史郎の持つ能力だ
今はそれ相応の処罰を受け、刑務所に幽閉されているらしいが、その話は置いておこう
結果から言うと、能力によって生み出された壁は与えられた仕事をすることはなかった
壁が車を遮れる高さになる前に車はそれを越えて走り去っていったのだ
「チッ、逃がしたか。だが、こいつらだけは始末しないと、後が厄介だ」
叶は、ポケットからカードのようなものを二枚取り出した
『拡散支援半導体』
絶対能力進化実験の時にテレスティーナから拝借したものだ
それを無造作に放り投げた
そしてそこに向けて原子崩しを打ち込む
打ち込まれたビームは、『拡散支援半導体』を抜けると様々な方向へ屈折し、その方向にいた兵士達に炸裂する
無論兵士達にそれを受け止める術は無く、ビームは無慈悲にも男達を溶解していった
だが一人だけ、その射線上から逃れた者がいた
その男は怯えながら銃口を叶に向け、トリガーを引き絞ろうとする
しかしそれは敵わない
どこからか鉄の矢が飛んで来て、銃を射抜いたのだ
「おい、何のために一人残したと思ってンだよ」
叶はその男に詰め寄る
鉄の矢は、彼が空間移動させた物だった
「お前には色々聞きたい事がある。ちょいと面貸せや」
数分後、叶は何事もなかったかのようにどこかへ空間移動していった
そこに残ったのは無残にも肉塊となった十数人の死体と、全身殴られたような跡のある男の姿だけだった
叶はある人物を探して空間移動を繰り返していた
無論、その人物とは一方通行のことだ
「クソッ、こんな事なら連絡先聞いとけばよかった!」
いまさら後悔しても遅い
作品名:とある夢幻の複写能力<オールマイティ> 作家名:無未河 大智/TTjr