Prayer -祈り-
2.喧嘩上等
今日の6時限目の授業のあと、テスト結果が全員に手渡された。
ただそれだけだ。
結果を見て喜ぶ者、焦る者、あまりの悪さに泣きそうなになる者など、級友たちがいろんな表情を浮かべている。
「オレさ、絶対にかーちゃに怒られる」というディーンや、「あちゃー、最悪だな」と自分のおでこをたたいて目をつぶるロンや、満更ではない満面の笑みのまま、小さくガッツポーズのハーマイオニーなど、全員が紙切れに視線を落として、何かしらのリアクションを取っていた。
そんなありきたりの級友たちの中で、ハリーはやってられないと肩をすくめた。
──どうでもいいことだ。
成績がよくても悪くても、例え0点を取ったとしても、誰もそれを心配してくれる家族など、一人もいなかった。
追試を落としたとしても、もし逆に成績が上がったとしても、褒めてくれる相手も、「ガンバレ!」と応援してくれる相手もいない。
──どこにもない。自分には誰もいない。
そんなことをぼんやりと思い出していると、何が気に食わないのかドラコはたて続けに寝転がっている相手の腰を、肩や腕や太ももまでもガシガシと靴の先で穿つように蹴り上げてきた。
寝転がったままのハリーは、この容赦ない仕打ちに顔をゆがめる。
成績は悪いし、イヤな相手に喧嘩を吹っかけられて、しかも自分が反撃しないことをいいことに、蹴りまくられ続けている始末だ。
ドラコは罵倒する言葉で挑発する。
「このバカ頭!」
「あー、バカですよ」
「能無し。アホ。マヌケ!」
「あー、おっしゃるとおりで」
気のない声で返事をして体をひねり立ち上がろうとすると、ドラコは憮然とした表情のまま、相手の肩を足裏で蹴って再び押し戻した。
ハリーは石の冷たい床にペタリと尻をつけたまま、「いったい何だよ、まったく」と悪態をつく。
辟易として、この気に食わない相手に、呪いのひとつでも食らわせてやろうかと考える。
懐に差してある杖を取り出し、それを相手に突きつけると少しは気分がよくなるかもしれない。
向こうの石壁に強く叩き付けようか、それとこの塔の天辺から突き落とそうかと思案する。
……まぁ、実際は軽い保護魔法をかけて、骨の二三本が折れるくらいに手加減はするつもりだけれど。
いつもわざわざ探してまで自分に嫌味を言ってくるなんて、相手の自分への執着心はかなりのものだ。
何が気に入らないのか、自分のすべてに文句をつけてくる。
こんな辺鄙な場所にいても、嗅ぎつけるように顔を出すからだ。
いらないことや、癇に障ること、嫌味や戯言、苦言など、毒々しい口調で言い放ってくる。
肩を怒らせ、髪の毛が乱れるのも気にせずに、挑んでくるように食ってかかってきた。
ハリーを追い詰めようと躍起になっている。
ひとりで熱くなるのは相手の勝手だけれど、その標的にされたハリーは堪ったものじゃなかった。
(いつも、いつも、こんな態度を取りやがって、まったく!)
舌打ちすると、また容赦なく自分を蹴ろうとする足を掴み、そのまま力任せに引っ張った。
突然の反撃に、強く片方の足だけを持っていかれてバランスを崩したドラコは、ひとたまりもなく床を滑りひっくり返る。
受身が取れずひどく背中を打ったのか、息を詰め動けない相手に、隣に座り込んでいたハリーはひじを使ってにじり寄った。
そのまま足首を掴み、まず痛さの原因である硬いレザーの靴を引っ張り脱がして、ポイッと背中越しにそれらを乱暴に放る。
また硬い靴で蹴られたら、たまったものじゃないからだ。
「何するんだ!!」
自分のしたことを棚に上げて、ハリーの勝手な行動にドラコは怒った声を上げて抗議した。
掴まれた足を引き抜こうとして体をひねり抵抗を続ける。
「離せよ!」
足をバタバタしているのを大人しくさせようと足首を掴むと思いのほか細い。
暴れているズボンのすそから、チラリとふくらはぎが見えた。
黒いズボンに青白いほどの白さだ。
履いていた靴下は薄いコットン生地で、ズボンの裾が暴れてめくれて見えたふくらはぎの色の白さとほぼ同じ色合いに見えてしまう。
足のサイズだって手の中に納まりそうなほど自分よりワンサイズ小さくて、そんな足にガシガシと蹴られていたのかと思うと、余計に腹立たしさが募ってくる。
暴れるもう片方の足首を掴むと押さえ込もうとして、相手の胴に乗り上げた。
「形勢逆転だね」
腿で両脇を締め付け、自分が有利なマウントポジョンを取る。
上から見下ろし不適に唇を歪めると、ドラコはくやしそうな瞳で睨み返してきた。
「何度も蹴って、よくもいたぶってくれたよねぇ。さぁーて、そのお返しはどうしよかな……」
ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべて手を伸ばし、怒りで硬直している相手のほほをピタピタと叩く。
ドラコは悔しそうにグッと唇を噛んだ。
「貼り付けの呪文か、痺れさせる呪文にしようか、それともアダバ……。おおっと、これは禁止の呪文だったかなぁ。僕は勉強ができないし、忘れっぽいから、ついうっかり禁意の呪文も間違って唱えちゃうかもしれないよなー」
フフフと上機嫌に嗤う。
「そんなこと出来るものか」
「出来るか出来ないか、やってみなくちゃ分からないだろ?」
「だったら勝手にしろ」
そう呟いてきつい視線のままプイと横を向く。
額には薄っすらと汗が浮かび、瞳にはうすく涙が盛り上がり、唇が少し震えていた。
ハリーはそんな相手の姿を呆れたように見詰める。
本当に根性なしだとハリーは思った。
取るに足らない相手だと思うのに、いつも突っかかってくる。
けんか腰で、高慢な態度で、五月蝿いほど自分にまとわり付いてきた。
近寄ろうとすると慌てたように逃げて、無視すると真っ赤な顔で怒る。
相手の胸倉を掴み、吊るし上げようとすると、からだの重みで掴んだシャツのボタンが数個外れ飛んだ。
そして緩んだ胸元から銀色の鎖が現れた。
よく磨かれたシルバーのそれはやや太めな作りで、そのトップに十字架が下がっている。
珍しそうにそれを手に取ろうとすると、「触るな!」と鋭い声で威嚇した。
「君はクリスチャンなの?」
問いかけても、答えようとはせずに再び「それに触るな!」と怒鳴る。
「触るなと言われたら、逆に触ってみたくなるよなぁ」
などと言いつつ、強くその鎖を上に引っ張ると長めのそれは、ドラコの細い首からすり抜けて、あっさりと相手の手に渡ってしまった。
「あっ!」と声を上げて、慌ててそれを取り返そうと手を伸ばしてくるのを、素早く立ち上がって避ける。
「返せよ」
追いかけてくる相手をおどけてからかう素振りで、ハリーは後ずさりつつ、鎖を指先に引っ掛けるようにしてブラブラさせながら、手の内で弄ぶ仕草を繰り返した。
「返せ!!」
必死で追いかけても相手の動きは素早くて、ドラコは振り回されてばかりだ。
ハリーはご機嫌な顔で、「ほら、取ってみろよ」という言葉でからかいつつ、手すりから腕を伸ばして、空に高く放ったりキャッチしたりしてニヤニヤ笑った。
追いかけてもハリーの動きが素早くて、ドラコは唇をかみ締めると、じっと相手をにらみつけ、次の瞬間相手に体当たりを食らわせた。
いきなり胸を肩で押されて息が詰まり、驚いた拍子に手を開いてしまう。
「あ──っ!!」
作品名:Prayer -祈り- 作家名:sabure