世界は何度でも立ちはだかる
「…!!あーーーっ!!!」
刹那の静寂の、後。
臨也くんが、今まで聞いた事のないような悲愴な声で、絶叫した。まるでこの世の終わりだとでもいうような、そんな愕然とした顔だった。視線を、静雄くんの足元に固定している彼のその目には、大粒の涙が溜まっている。今にも零れ落ちてしまいそうなくらいに。
一方、それを目にした静雄くんの方はというと。
ゆっくりと自分の足をどけて、踏んでしまった物を確認してから、もう一度臨也くんの表情を見て。何とも形容しがたい、驚愕やら何やらを織り交ぜたような、複雑な表情を浮かべていた。
「………お、おい…ノミムシ…?」
「ぅ…う……、ふぇ…っ」
「ちょ、えぇ?…う、ウソだろ?お、おい…」
「…~~~っ、うわぁああああん!シズちゃんのひとでなしぃいいいいッッ!!」
「の、ノミムシ!?」
罵られているというのにキレる事も忘れてオロオロと慌て出す静雄くんは、例え大嫌いな相手といえど、目の前で泣いている人間を見て(原因は自分という事もあって)、ざまぁみろとは思えないらしい。優しい子である。お兄ちゃんという立場であるというのも理由のひとつかもしれない。(臨也くんはまだ、妹達は最近生まれたばかりというのもあって、兄であるという自覚はあまり無いようだし。)
(………“臨也さん”なら、平然と高笑いまでかまして嘲笑うだろうな…。)
それはそうと、流石に泣かれてしまうと、いくら子供の喧嘩とはいえ放置は出来ない。一応、自分は彼らのお守りをしているのだ。そろそろ止めないとマズい。
「い、臨也くん…、大丈夫?ね、静雄くん、一体何がどうしてこう……えっ?」
「帝人さぁぁああぁん…ッッ!」
「!わっ…と、」
「シズちゃんがね…シズちゃんが…っ、あれ、つぶしたーーー!」
「あれ…って……お、花…?」
「帝人さんにわたそーって…、おもって…た…のに…」
「の、ノミムシ…」
「っく…ぅ、…うわぁあん!!」
「い、臨也くん………」
(えー…?何この状況…!)
ベンチから離れた僕が恐る恐る近付いて行くと、潰れて砂まみれになってしまった花を指さして、臨也くんが泣きながら飛びついてきた。そのままぐずり出したのだが、静雄くんは何も言わず、何のアクションも起こさない。
いつもだったら臨也くんが僕に飛びつき纏わりついてきた所で、それを引っぺがすのは彼の役目なのに。不思議に思ってチラリと様子を窺ってみると…、成程。
彼はとめどなく涙を流す臨也くんを前に、完全に固まっていた。
―――うん、まぁ、気持ちは痛いほど理解出来る。まさか彼が自分の天敵との喧嘩で泣くとは、僕だって思いもしなかったから。目を疑ったから。これ現実か?って思ったから!
いいや…うん、とにかく!混乱している場合じゃないぞ僕。冷静になれ、冷静になるんだ。とりあえずこの状況を早く何とかしなければ。
「わ、悪かったから…!なくなよ…」
不本意そうに迷惑そうに、だが心配しそうになる自分に困惑したかのような素振りで、静雄くんは謝罪を口にした。これが普通の子供なら笑って握手して仲直り、となる所なのだが。
「ひ…っく、シズちゃんのたんさいぼー!っ、ふぇ…どーせ、のうみそまできんにくなんだろ!だからたんさいぼーなんだろ!この…っ、うましかぁあ!」
「………うましか?」
「…!!」
(ちょwww臨也くんwwwwww)
どうやらそんなもので天敵の行為を許すような可愛げというモノは、残念ながらこちらの折原臨也にも存在していなかったらしい。
小学校の低学年が飛ばす皮肉とはとても思えず、吹き出しそうになるのをグッとこらえる。………内心では思いっきり爆笑してしまったワケだが。
「だぁああ!クソっ!悪かったよ!お前のために動くのはイヤだけどな!同じモンとってきてやるから、とっととなきやめよ!うっとーしいんだよ!男のくせに!」
「…っ!だったら早く行ってこいよ!シズちゃんのせいなんだからせきにんとってよ!わぁああああん!!」
「…チッ!」
(僕完全に蚊帳の外なんだけど…なんかおかしい感じがするのはなんでだろ…?)
感じる違和感に首を捻る。…いや、違和感の正体は正しく理解していた。
世界は違えど、あの“折原臨也”が、果たしてこのままで終わらせるのだろうか。こちらの彼も、そんな性格は持ち合わせていないはず。こんな場面で“泣く”だなんて、彼に相応しくはない。
―――それこそ、演技でもなければ。
そんな結論に至った、直後。
作品名:世界は何度でも立ちはだかる 作家名:四谷 由里加