バラ色デイズ
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[バラ色デイズ]
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六月八日から二週間、今回の不調は長かった。
なんだかんだで顔を見に出掛けては、ハンガリーが怒るまでからかって帰るのが俺の習慣だが、誕生日当日はあっちには寄りつかないようにしている。理由は簡単、あいつの誕生日は、あいつと別れた旦那の結婚記念日でもあるからだ。
誕生日を結婚記念日に定めた理由も、相手と別れた後も同じ誕生日を選び続けている理由も、言われるまでもなく承知している賢い俺は、とにもかくにもおしどり夫婦の邪魔なんかしてやる価値もない、というスタンスで一度もその日にハンガリーに会ったことはない。その日は年に一度だけ、ハンガリーと絶対口をきかないと決まっている日だ。
拗ねているのはわかっている。
けれど、この日ばかりはどうしても、自分の情けない片想いが一生実らないと知った時の絶望を味わい直すので、当人たちには会いたくない。
今は政敵でもなくなってただの昔なじみだからこそ、深刻な亀裂を思い出させるような真似はしたくないという選択の結果、毎年六月八日はパーティーのお誘いを放り出して、人目につかない場所でダラダラ過ごすことにしている。
それでも、空気を読むようで読まないあの坊ちゃんなんかに見つかれば、ハンガリーのためだという大義名分でブダペストまで拉致られるのは確実だ。
よって、ハンガリーにもオーストリアにも見つからない場所に逃げ込む必要があるわけで、俺はここ数年、オーストリアが留守にするウィーンに潜伏場所を確保していた。オーストリアがハンガリーの家にいる限り、ここは安全圏だ。
…と、思っていたのが迂闊だった。
今年の思わぬ不調の原因は、オーストリアの家にハンガリーが来ていたからだ。
しかも、俺が早々にウィーンに潜入している間に、ハンガリーは俺宛てにウィーンで集まるからと招待のメールを送っていた、らしい。
ウィーンはその日、いつものようによく晴れていた。俺はハンガリーに豪雨でも来てパーティー参加者が右往左往したらちょっとは気も晴れるだろうかと暗いことを考えながら、広場のカフェでぼんやりしていた。
そこにハンガリーが突然現れた。
そこにいたのね、と実に嬉しそうに声をかけられて、まったく、返事くらいよこしなさいよと不機嫌そうに作った表情で引っ張られて、謎の歓迎ムードに激しく混乱したところで、広場の端で待っているオーストリアと目が合った。
俺の心はここだけは広くなりようがないと理解してほしい。
俺が先に惚れたのに、俺が先に女だって知ったのに、俺より先にあいつを手に入れた男と、惚れた相手の誕生日に同席したいわけあるか。
ハンガリーにそんな理由を言うわけにもいかず、かといって招待を忘れられていなかったことが若干嬉しかったりもしていた俺は、とっさに言葉が見つけられずにハンガリーを振り払った。
「ちょっともう、待ちなさいったら」
いつもの悪ふざけだと思って追いかけてきたハンガリーを、今日おまえの顔が見たいわけがないだろともう一度突き放して、自分の家に帰って、PCつけてメールを読まずにゴミ箱フォルダにつっこんで、窓を全部閉めて布団かぶって寝た。
で、二週間に渡って謝るタイミングを逃し続けている。
前置きが長くなったが、つまりはそういうわけで、俺は切実にきっかけを欲していた。
あれから二週間が過ぎた今、いきなり謝罪から入るのはハードルが高い。
フライパンの一つ二つ食らって、土下座でもした後に本気の謝罪を織り込むのが一番やりやすい。しかし、ハンガリー側はその後全く動きがない。先に喧嘩を売ったのはこちらなんだから当たり前だが、俺はその当たり前のことにもいたく傷ついた。
どうしてこんなに、あんな女に惚れているのか分からないが、いつの間にかあいつは俺にとって、惚れてるけど手に入らないという歯に挟まったセロリの筋みたいな存在になっている。
この子供じみた執着にトドメが刺せるのはおまえなのに。いつだってたった一言ですっぱり終わらせることができるのに。
現実的ではあっても冷酷ではないあの馬鹿は、いつも決着を避けてそっと時間を置いてくれる。
その時間が俺の無駄な期待と甘えをまた芽生えさせてしまう。
どう転がったって俺は、隙あらばあの女に甘やかされたいと願っているのだから、それが嫌なら根っこも残らないくらいに綺麗に可能性を引き抜いて捨てて欲しい。
もちろん、甘やかされるポジションに食い込めるのであればそれに越したことはない。ただまあ、さすがに、これまでの甘ったれ方を大きく間違えてきた以上、確率的には分が悪いってのも自覚済みなので、普段は選択肢には入れていない。
何にせよ俺は、世界にこれ以上あるまいという自業自得のるつぼで、切るべきカードの一枚も思いつかずにうだうだしていた。
そこへ、イギリスさんとの共同開発なのですが、試作品を使ってみませんか、というふれこみで日本がやってきた。