バラ色デイズ
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目当ての店は、道路に向かってカウンターを開いて、路上に革製品を広げてこまごましたものを売っていた。時折観光客が足を止めてはストラップやキーホルダーや、革紐で編まれたアクセサリーを買って行く。
俺が持ち込んだセンサーは、ちょうど良い大きさの真鍮の輪に填められてあっと言う間に女物のバングルになった。
俺の手を離れたセンサーは、店員の染料の染みた指先に触れられて落ち着いたグリーンに色を変えた。あいつの瞳と同じ色に見えると思っただけで、落ち着かない気分になる。この色は何の色だったか。不快な色には見えない。
「お客さん、これガラスですか?」
仕上げの細い革紐をジグザグに絡めて編み上げながら店員が聞くので、俺は友人から預かったもので、温度によって色が変わるんだと説明した。七割正解くらいの嘘が一番つきやすい。
「温度って、体温?気温?」
後ろから誰かがのぞき込んで来て、俺は半笑いで振り返った。
これだけいろんな奴の興味を引けるセンサーならば、好奇心の塊みたいなあの女が手を出さないわけがない、という勝ち誇った笑み。
「あなたが着けるの?」
その先で、生気に溢れた新緑の瞳が俺を見ていた。
本 人 !!
釣れるのが早すぎて一瞬対応しそびれた隙に、ハンガリーはバングルに手を伸ばした。
「ちょ、まて、おま…人のもんを勝手に触るなよ」
ひったくるように奪い返して、まずは店員に代金を払う。
センサーに触れないよう慎重にバングルを掴んだ俺を、不機嫌なツラでハンガリーが見る。
「じゃあ頂戴。お詫びでもいいしプレゼントでもいいわよ」
ふん、と鼻を鳴らす態度は『どうせくれないんならゴネてやる』という挑戦状だ。
「んじゃおまえが飽きるまで貸してやるよ」
喧嘩を売られたなら買いやすい。
おっしゃる通り詫びのつもりだしプレゼントでもあるし、ついでにおまえの機嫌を計りたいセンサーだよと内心返事しつつ、怪しまれない程度に混ぜ返しながらお渡ししましたとも。
勝利を収めた形のハンガリーは、勝ち誇りながらバングルを手首に通す。
何週間ぶりかの笑顔に、胸が疼いた。改まって謝罪したい気になるが、今更触れたところでお互いに傷をほじくり返すことにしかならないので飲み込む。
「ねえ、この色は温度何度くらいの時の色なの?」
ハンガリーがバングルを翳す。
今のセンサーの色は、夕焼けが終わる頃の空のような紫。赤は怒り、青は悲しみ。だから紫はきっとその両方だ。
深く暗い色ではないけれど、まだあんまり許されてないんだなとぼんやり思いながら、さあなとごまかした。
「なんでよ、あんたこういうの覚えるの好きなんじゃないの?」
「一覧表を家に忘れてきた」
「なんだ、つまんない」
ハンガリーが頬を膨らませる。子供じみた仕草は、今二人の間にあるわだかまりにはちょっとそぐわない演出だった。わざとらしいとつっこむには些細で、そのまま話し続けるのにはちょっと間が悪い。会話が途切れて、黙って並んで歩くことになった。
観光用に保存された石畳の目がやたら目に入る。
並んで歩いているのに会話もなく、足下ばかり見てるのも面白くない。
ハンガリーの手首を窺うと、紫は赤みを失ってブルーグレーに変わりつつあった。悲しみほど深くはなく、けれど気分を持ち上げられもしない。
落胆だな、と察して、俺はちょっと笑った。
「よし、食事行くぞ」
「え」
「その角を右だ」
ハンガリーの手を取り、無理矢理右折して大通りに出る。
「なによ、急に」
「下らないことで凹んでるんじゃねーよ、おまえ全部顔に出てるぞ」
ハンガリーの顔がみるみる赤くなる。
俺はにやにやしながらセンサーを確認して、それがまあ見事な赤に染まっているのを認めた。赤、怒りの色。内側から輝くような。
ぞくっと背筋を悪寒が這いあがる。
「おわっ!」
ぎりぎりだったと言うしかない。とっさのバックステップで間に合わず、さらに顎をのけぞらせた先をかすめてフライパンが弧を描く。ちりっ、とうぶ毛をかすめた感触を残してハンガリーはフライパンを懐に収めた。いつも思うけど、どこに隠し持ってるんだ。
「単純で思いこみが激しくて暴力的で男女で悪かったわね!」
「今日はまだそこまで言ってねえよ」
つんと顎をそらしてハンガリーは先に歩き出す。
「おごりなさいよ」
俺はもう癖のように、先に行くハンガリーの手首を確かめた。
彼女の左手にとろみのあるオレンジ色に光るセンサー。
何色と何色を混ぜたら何色になるのか、イタリアちゃんあたりに習っておけばよかったとふと思う。あまり複雑な色になると読み切れない。
ていうか、今のところ、センサーがなくても読めているんだが。