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バラ色デイズ

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***

 長椅子にハンガリーを横たえて、毛布を一枚ひっかけてやると俺はバスルームに引っ込んだ。まだ六月とはいえ、女一人運べば汗だくだ。
 ハンガリーはもにゃもにゃ口を動かしていたが、気持ちよさそうに寝返りを打ってクッションを抱きしめると、本格的に寝入ってしまった。あの分なら、三、四時間も寝れば酔いも醒めるだろう。
 シャワールームで冷水をめいっぱいに出して、汗と心身の汚れをざあざあ洗い流す。水音と共に排水口に吸い込まれていく泡を眺めながら、心おきなくため息をつく。今回もまた、着地点の模索は盛大な無駄骨になりそうだ。
 ごたごた揉めては、変わらない関係に戻ってくるこの位置が、心地よいせいもあるかもしれないが。

 部屋着をひっかけて、ハンガリーを寝かせた長椅子の後ろを通って自室へ向かおうとして、俺はふと光るものに目を止めた。
 ひとつは携帯画面、もうひとつは、ハンガリーの左手首のバングルだ。

 さっきまで、持ち主の意志が途切れたせいで真っ白になっていたガラス玉が、内側から色づくようにほのかにバラ色に光っている。ちらほらと光をゆらめかせて立ち上るバラ色の陽炎が、センサーの中に宿っているようだった。
 ぱたりとハンガリーの手が落ちる。続けて深い寝息が聞こえた。
「…ハンガリー?」
 そっと声をかけてみるが、返事はない。
 センサーのほうも、ゆっくりとバラ色の陽炎が消えつつあった。
「どうしてこんな、何にもない時に」
 寝ている間だか寝ぼけている間だか分からないが、これじゃ例外過ぎて彼女がなににバラ色の思いを抱いたのかまったく分からない。
 携帯はだらしなくメール送信画面が開きっぱなしだし、握りしめて半分ボタンを押したままだからきっと電池の消費も早い。仕方がないので、ハンガリーの手から携帯を抜き取って、電源をオフにしようと画面を見た。
 見るつもりもなく目に入った宛先は、オーストリアだった。
「チッ」
 舌打ちして電源を切る。出したつもりのメールが届いてなくて、無断外泊を責められでもしたらいい。
 結局、ハンガリーの心はずっとオーストリアにあるんだろう。
 塩をかけられたナメクジのように、俺の盛り上がりはじめじめ溶けだして行く。いつものように最後には、何の見返りも希望もないのに捨てられない、小石のようなひとかけらの気持ちだけが残った。
 振り向かせるのが理由でもなく、手に入れるのが目的でもなく、俺はただ、ハンガリーを特別だと思っているだけなんだ。どれだけ目を逸らそうと、ほかの目的を作って打ち込もうと、何の理由も根拠もなくほしいのはおまえだけだ。
 ホワイトアウトしたセンサーをなでてやると、白いガラスに淡いピンクの模様が浮く。
 恋心だけならこんなにきれいな色なのに、俺ときたら残念なものだ。
「おやすみ、ハンガリー」
 小声の挨拶をして、髪をかきわけて耳に唇をつける。
 肌と髪の間にこもったハンガリーの香りがふわっと立ち上った。
作品名:バラ色デイズ 作家名:佐野田鳴海