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B.R.C 第一章(1) 闇に消えた小さき隊首の背

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#03.闇に消えた背中【B】



 誰かが息を呑む音が聞こえた。

「……おいおい、山じい。そいつはないんじゃないの?」
「そうです、先生! いくらなんでもそれは―――っ」
「くどいぞ、お主ら。これは、中央四十六室の意思である」

 一喝。
 隊長の中でも古株である二人が、不承不承口を噤む。

「ほんま、災難やね」

 珍しく、市丸が軽やかな声に同情の色を乗せた。
 虚圏。虚の蔓延る世界。
 そこに行くための手段は黒腔を通るしかなく、今は現世に身を置く技術開発局創設者である浦原喜助が管理していると聞く。そして、黒腔はこちらから開くことが出来たとしても、虚圏から意図して開くことは出来ないという。
 つまり、一度虚圏に入ったら最後、自力での脱出は不可能―――永遠に虚圏を彷徨うことになるのだ。
 何より、巣窟に飛び込んできた死神を、虚が放っておくはずがない。虚ならまだしも、極めて数が少ないとは言えヴァストローデに襲われたとなったら、隊長と言えど無事では済まないだろう。
 虚圏への追放は、遠回しの死刑宣告に等しい。

「―――承知しました」

 それらすべてを理解した上で、日番谷の答えは是だった。
 否、始めから、選択肢は是しか与えられていなかった。
 そう答えるしか、なかったのである。
 厳つい光を宿していた細い目を、元柳斎はゆっくりと閉じた。

「わしと日番谷は、この後すぐに現世へと向かう。他の者が同行することは許さん」
「すぐに、ですか? せめて、十番隊の隊士たちに別れを告げる時間を……」
「ならぬ。日番谷を逃がそうとする者が出らんとも限らぬ」

 藍染の言葉を皆まで聞くことなく切り捨てた。
 十番隊の結束の強さは十三隊の中でもかなり高い。隊士間の絆だけでなく、隊首を慕う気持ちの強さも周知のこと。そんな彼らが、日番谷が瀞霊廷追放、それも虚圏へ送られると知って、すんなりと日番谷を見送るはずがない。

「これにて解散とする」

 これ以上口を挟む事は許さないとばかりに、元柳際は緊急隊首会の閉会を告げた。
 隊長たちは皆、日番谷を一瞥してからその脇を抜け、隊首会の会場を後にする。ただ、京楽は動かず、浮竹だけは日番谷の前へと歩み出た。

「日番谷隊長……」

 顔を上げれば、いつぞやか十番隊隊舎の執務室で見た、沈痛な面持ちがそこにあった。

「なんつー顔してんだ。お前が気に病む事じゃねぇだろ?」

 日番谷は苦い笑みを浮かべる。

「しかしっ、」
「なぁ、浮竹。頼まれてくれねぇか?」

 浮竹の言葉を切って、日番谷は言う。

「松本に」

 上げた名は、彼の副官のものだった。

「あいつに伝えてくれ。『早まった行動はするな、あいつらを頼む』、ってな」
「―――ああ。伝えよう、必ず」

 それを聞いて、安心したように、日番谷はわずかに肩の力を抜いた。

「浮竹」

 ゆっくりと目を閉じた日番谷に、これ以上言葉を交わすつもりはないのだろうと悟り、京楽は長年の友を促して歩き出した。
 京楽は去り際、日番谷の肩にポン、と軽く手を置いた。それは別れの挨拶にも、謝罪にも思えた。
 ギギ、と軋んだ音を立てて閉じゆく扉を、日番谷は最後まで見やることはなかった。
 扉が閉じた重い音に、ようやく日番谷は目を開く。そこにある翡翠の瞳は、憤りも、恐怖も、不安も、哀しみも、何も浮かべてはいない。あえて言うならば「無」だろうか。

「日番谷」

 何もない宙空に目を向け、ただじっと立ち尽くす日番谷を、元柳斎が呼ぶ。それに、だいぶ聞き慣れた役職の名はつかなかった。

「―――行きましょう」

 促したのは、日番谷だった。
 何も言わず、元柳斎は一つ頷いて応える。
 向かう先は現世、浦原の元だ。
 元柳斎と雀部に挟まれるように穿界門を通って出た先は、その浦原が現世で経営している浦原商店の地下空間だった。
 そこにはすでに、帽子を目深に被った浦原が居た。彼は三人に向かって、一礼する。普段の陽気な様子は、見られない。

「黒腔は」
「いつでも開ける状態です」

 元柳斎の短い問いに、浦原は簡潔に答える。
 一つ頷いて、元柳斎は日番谷を見下ろした。

「……日番谷」
「はい」

 何の迷いも感じさせずに、日番谷は元柳斎の横から浦原の元へと移動する。
 宙に、突如歪な線が引かれた。黒い線は宙を駆け、十メートル程に伸びたかと思うと、そこからばっくりと空間が裂けて黒い闇が覗く。
 これこそが黒腔。その闇の先に広がるのが、虚圏だ。
 日番谷はそれを数秒見上げた後、身を翻し、元柳斎ら三人にそっと頭を下げた。
 彼らは言葉もなく、闇へと身を投じた白い背を見送った。
 日番谷を呑み込んだ途端、黒腔はあっという間に口を閉じて姿を消した。

「良かったんすか? 彼を向こうに行かせてしまって」

 本当は行かせたくなかったのでしょう、という言葉は口の中に留める。
 日番谷が背負っていた斬魄刀と、「十」の文字が刻まれた白い羽織。本来ならば、瀞霊廷を追放された彼が身につけていて良いものではない。にも関わらず、彼からそれらを取り上げなかった事に、元柳斎の本音が窺える。

「―――戻るぞ」

 それは、浦原に向けられたものではなかった。
 答えることなく尸魂界へと戻って行く元柳斎の背に、浦原は溜息と共に肩を竦める。
 尸魂界と現世とを隔てる障子が閉じたのを見送った後、浦原は空を仰ぎ見た。
 もうそこには存在しない黒腔を見上げ、

「お達者で」

 そう呟き、浦原は地下空間を後にした。
 大量の砂に覆われ、巨大な岩が点在する地下空間。人が姿を消したそこは、ただただ静寂ばかりが広がり、ゆっくりと蓋をされた。