前に進む勇気
* * * * *
それからしばらくして、自分の分の報告書を書き終えたロイドは未だ姿を見せないランディの元へと向かった。ノックの後の返事に続けて扉を開くと、そこにはソファに腰掛けて雑誌を捲る男の姿。ロイドは深いため息をついて室内へと歩を進めた。
「ランディ、ソーニャ司令からの支援要請の報告書はできてるか?」
「んー、それっぽいもんならそこにあるぜ。」
「なんだよ、それっぽいものって。」
「いや俺は報告書を書いたつもりだぜ?でもティオすけに“報告書のようですが、これは一体……”って言われたからなぁ。一般的には違うのかもしれないと思ってよ。」
答えながらページを繰る。健康的と言うよりはむしろ蠱惑的な水着姿の女性たちから視線を外そうとしないランディにチクリとした胸の痛みを感じながら、ロイドはその“報告書っぽいもの”を手に取った。
息を大きく吐き、覚悟を決めて伏せられたそれに目を通す。ティオの言っていた通り、異常なほど余白の多いそれは確かに報告書の形式に則って書かれてはいるものの、簡潔に纏められすぎていて逆に要領を得ない。
ロイドは再びため息を吐くと、ペンを手にランディの隣へと腰を下ろした。
「ランディ。この“新人隊員の実戦訓練”って具体的には何をやったんだ?」
「スタンハルバートとライフル、それぞれ最初の攻撃から次の攻撃までの隙のでき具合、防御から攻撃に転ずるための体の動かし方、1対1で敵と対峙した時の回復のタイミング、それからええっと……他にもなんかやった気がするが忘れた。」
「思い出してくれ。大体、なんでそれだけのことやってるのに報告書は一行で済ませるんだよ。今言ったことを書けばいいだけだろ?」
「全部実戦形式で把握させたんだから、間違いじゃねえし。」
「間違ってないけど正しくもない。……まったく、ティオが青くなって帰ってくるはずだよ。」
文句を言いながら、他の箇所についても内容を聞き出しては追記して報告書をまとめていく。ようやく報告書の体裁が整ってきたところでふと、ロイドは首を傾げた。
「そういえば、ティオがお茶を淹れてくれた時にはできてたんだろ?そんな前に書けてたなら、なんで持ってこなかったんだよ?」
「俺が行かなきゃロイドがこっちに来るだろ?仕事が終わってからのほうが、ロイドだってゆっくりしていけるだろうし。」
「それは……そうだけど……」
答えてから、はっと息を飲んだ。
ランディの口調は、ロイドが仕事を終えてこちらに来るのを待っていたと言わんばかりだ。それに気付いてロイドの顔が赤くなっていく。
そういえば何気なく隣に座ってしまったが、この部屋に置かれたL字のソファはこんな近くに座らなければいけないほど狭くはない。不自然にくっつきすぎたかもしれないと、もぞもぞと動いていると、パタン、と勢いよくランディが雑誌を閉じた。その音に、びくりとロイドの肩が上がる。
「なーに緊張してんだよ?」
「うわ……」
ぐいと抱き寄せられ、作った隙間があっという間に詰められる。ふわりと浮いた髪がランディの指に絡め取られて、つん、と引っ張られた。それに文句を言おうと睨み返せば、にやにやと笑う男に瞳を覗きこまれて次の言葉が継げなくなってしまう。
「べ、別に……緊張とかそういうわけじゃ、ない、けど……」
結局意味のないことを口にするが、それも徐々にフェードアウトしていき、ランディの笑みが深くなるのが見える。比例するように自分の顔が赤くなっていくのがわかって、ロイドはぷいと顔を背けた。その視線がテーブルの一点に釘付けになる。
そこに置かれていたのは、つい先ほどまでランディの手にあった雑誌。その表紙に写っているのは――
「ローイド。ほら、こっち向けって。」
固まるロイドに気付かないのか、ランディは後ろから圧し掛かるようにして体重をかけてくる。その重さに文句を言おうと振り返れば、顎を捕らわれ唇を奪われた。戯れに触れるだけのそれに物足りなさを覚えて薄く口を開くと、するりとランディが侵入してくる。深くなるキスに呼吸は乱れ、思考は溶かされ、縋りつく腕からは力が抜けていく。
「……ん、……っ、……」
「……ロイド……」
普段より少し低い声が名前を呼ぶ。ただそれだけなのに、ぞくりと背筋が震えた。夢中で引き寄せ、貪るように舌をすり合わせて。気づけばロイドは押し倒されるようにソファに横になり、部屋の照明を背負って逆光になったランディに真上から見下されていた。
「んな顔するなよ。誘われてるって勘違いしたくなるだろ。」
「……俺は……」
冗談めかした口調に男の欲が透けて見える。ロイドは自身の掠れた声にこくりと喉を鳴らし、腕を伸ばしてランディの頬に触れた。
「俺は、そのつもり……なんだけど……?」
澄んだスカイブルーが僅かに細められた。それを見つめながら流れ落ちる赤毛を梳いて耳にかけ、そのまま首裏に差し入れて引き寄せる。ゆっくりと距離を縮めてくる男に口付けて、ロイドは静かにその目を閉じた。