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はじまる一週間 (金曜日)

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 静雄のトレーの中身も残りはポテトのみとなったところで、向かい側から名前を呼びかけられて、めい一杯口に頬張ったアップルパイを急いで静雄は嚥下して口を開いた。下手な感情を忘れるつもりが、集中しすぎていたようである。
「慌てなくていいですよ」
「悪い、なんだって?」
「甘い物、お好きなのかなって。さっきも、キャラメルポップコーンすぐになくなってましたから」
 少年の純粋な疑問に、静雄は言葉に詰まって口の端を隠すように指先で口を拭いた。
 静雄は外見に似合わず甘い物が好きで、子供舌である。小さい頃にそれを同級生から馬鹿にされて以降、他人に悟られないように今までは過ごしていた。映画館では暗いからと思って油断していたが、隣で一緒にポップコーンを頬張っていた少年はしっかり気付いていたらしい。

「似合わないだろ、笑えよ」
「えっ笑わないですよ。僕も好きです、疲れた時とか、いいですよね」
 返ってきた答えと、その表情に静雄はほっと安堵を浮かべる。その顔に嘘がない事がわかったのだ。
 トムにも以前その話をした時も同様の事を言われたが、静雄は今、自分の目の前に座り笑顔を浮かべてシェイクを飲む少年に言われた方がずっと嬉しいと感じていた。
 既に今日何度目かのその感情を、既に静雄は(おかしいな)とは思わない。小動物の様な少年に好かれて、悪い気になる程静雄は物事を斜めに解釈したりは出来なかった。

「じゃあ今度、甘いもん食いにいくか」
「いいですね、調べておきます」
 調べなくても俺は知ってる、と静雄は言おうとしたがさすがに恥ずかしくなり言えなかった。池袋にあるおいしいデザートを扱っている店やケーキバイキングをしている所を、静雄は雑誌やテレビで見る度に覚えていた。
 そういった、自分の欲求に対する事に関しては物覚えがいいのだ。
 しかしその場所に実際に足を踏み入れた事は一度も無い。只でさえそういった場所は男ではなかなかいけないものだが、更に静雄は池袋では有名な男である。その外見からも、甘党ですという雰囲気が無い事は静雄自身が一番良く分かっていた。
 しかし目の前の少年は細身で、身長も小さい。幼い顔立ちからも、ケーキや菓子といったものの似合う柔らかそうなイメージが静雄にはあった。
 トムですら「俺は行かない」とはっきりと遠慮された場所であったが、竜ヶ峰なら似合うし大丈夫だろうと静雄は考えて笑みを浮かべた。
「お前も甘いもん好きで良かった」
 心からの気持ちである。静雄の頬の緩みに気付いたのか、少年も嬉しそうに笑う。
「僕、普段自炊しててあんまりお菓子とか食べないから、だから僕もそういう場所に行けたら嬉しいです」
「自炊?」
「ええ、一人暮らしですから」
(えっ)と静雄は驚いた。映画が終わってすぐに元の場所へと戻ったサングラスを付けていても、その表情の変化はわかったのだろう。少年が「僕、高校と同時にこっちに一人暮らししてるんですよ」と言葉を続けた。
「お前、凄いんだな」
 静雄は本心からそう思う。今まで、自分の境遇を自身の大きすぎる力以外特に不幸だと思った事はない。
 今でこそ一人暮らしではあるが、高校を卒業して今の定職に就くまでは実家暮らしであった。弟の幽も芸能界に行くまでは同様に実家に住んでいた為、家族四人で何不自由ない暮らしをしてつもりである。

(こんなほそっこくて小さいのに)

 静雄の目の前にいる少年は、とても高校生に見えない外見をしている。それなのにこの池袋で一人暮らしをしているという事は、ある程度バイトもこなして学業も行っているのだろう。少年の頭が悪くないことは話しぶりから分かっていたし、先程聞いて静雄は知ったが、クラスでは学級委員としても活動しているという。
「そうでしょうか。普通ですよ」
 照れたように笑う少年に、静雄の心中で一層の庇護欲が生まれる。自分は駄目な大人の一人であると自負するものの、この少年を例え一週間の恋人という関係を脇に置いても守ってやらねばと思ったのだ。
「お前、これ食え。肉付けろ」
 果たしてポテトで身体に肉が付くかは疑問ではあったが、静雄は自分の手の内にまだ三分の一程残ったポテトを少年の前に置いてやる。
 何か他にも買ってやるかと席を立とうとしたところで、向かい側から慌てた少年の手によって立つ事を阻まれた。
「僕、十分お腹一杯ですから!静雄さん、食べてください」
「お前、小食なんだな」
 少年は静雄の買ってきたハンバーガーもサイドメニューもほとんど手を付けなかった。ハンバーガーは新商品の物を一つ、それとポテトにバニラシェイクだけしか食べていない。
 ポテトもまだ半分以上手を付けられていないのを目に留めて、静雄はそのぶかぶかの制服の上からでもわかる細い腕に手を伸ばした。
「ちゃんと食えよ。折れちまいそうだろうが」
「え、そうでしょうか…」
「ああ」
 静雄の掌が大きいのか少年の手首が細いのか、静雄の手の中で一回りは楽に回って、それでも指先の余るその白い手首を壊さないように触れながら、静雄は(大丈夫か)と急に心配になってその顔を見る。
 首自体、そもそも細いとは思っていたが、手足も折れそうな程である。最近の若者は小食でやせ気味だというニュースを見たことはあるが、静雄の目の前にいる少年はそれにも増して痩せているように見えた。肌が白いせいだろうか、と静雄が考えたところで、顔を赤くした少年が苦笑いを浮かべた。
「あの、ちょっと恥ずかしいですね」
「あ、わ、すまんっ!」
 いつまでも手首といえど男に握られていては嫌だろうと静雄が急いで手を離すと、「いえあの、」と申し訳なさそうに声が上がって、語尾の方は聞き取れない程に小さくなった。

「僕、そんなに小さく見えるでしょうか」
 やはり同じ男だからだろう。恥ずかしげに言われる言葉に静雄もまあそうかと口を閉ざす。女ならまだしも、男として細いやら小さいと思われるのは怒る事はあれ嬉しいと思う輩はいない筈である。少なくとも静雄はそうだった。
「とにかく、お前はもっと食った方がいいんじゃねえか」
「そうですね…気を付けます。静雄さんは、普段何を食べてるんですか?」
「俺は、外食ばっかだな。こういうとことか、牛丼屋行ったりとか」
 店内の騒々しい話し声に混ざりながら、静雄の向かいに座る少年はえっと声を上げた。飲んでいたシェイクのカップを見詰めていた瞳が大きく静雄を見て、勢いがあったせいか短い髪の毛も小さく揺れている。
「自分で作ったりとかしないんですか?」
「料理はできねえ」
 細かい作業というものが静雄は昔から苦手だった。
 料理に関して言えば味付け程度なら出来るのだが、野菜を切ったりするのがまずどう頑張っても上手くいった試しがない。少しでも勢い余ればまな板ごと壊してしまうし、卵など柔らかい食材に関しては以ての外である。
「だめですよ、栄養偏っちゃうじゃないですか」
「そうなのか?」