SOUVENIR<スーヴニール>
夜。執務の時間を終えて、ランディはジュリアスの私邸に向かった。ランディはそうそう彼の私邸に入ったことなどなかった。もっとも、彼の私邸へはオスカーぐらいしか行かなかった。訪ねると、彼の側仕えはすぐにランディを案内して屋敷の奥へと通した。廊下を進むと、やがてぽっかりと開けた。ランディはそこが中庭であることに気づいた。
ジュリアスは、その中庭にある噴水の縁に座っていた。髪を後ろで一つに束ね、いつものローブではなく身軽に動けるように身に沿ったパンツ姿だった。手には細い剣があった。
人の気配に彼はこちらを見据えた。向けられた蒼い瞳は夜にも輝くようで、その冷たい美しさに、ランディはゴクリと唾を飲み込んだ。
「……お待たせしました、ジュリアス様。よろしくお願いします!」
ともすれば気圧されるような雰囲気から自分を奮い立たせるようにランディは叫んで、彼の剣よりはるかに太い剣を構えた。
彼は黙ったまますっと立ち上がると、剣をランディに向けた。
「……これは真剣だ」
彼はそう言うとグイッとその切っ先をランディに突きつけた。
「五日で鍛え上げるとなると、それなりに覚悟が必要だぞ、ランディ」
言うなり彼は一歩踏み出した。あわててランディは持っていた剣でそれを払おうとした。だが、それを避けると彼はあっという間にランディの目の前に再び剣の先を突きつけた。
(は、速い!)
狼狽しながらもランディは、体勢を立て直すと今度はしっかりと彼の剣を払うべく自分の剣を振った。身をかがめてそれを避けると、彼はそのままランディの足を空いた片方の手で掴んだ。
「えっ!」思わぬやり方に驚く間もなくランディはその場にひっくり返った。何か言おうとしたが、もう声は出なかった。
細い、氷柱のような刃がランディの喉元にあった。少しでも動けば、その先は綺麗にランディの首を裂きそうだった。もっとも、動くことはできなかった。肩を足で抑え込まれ、剣を持った手首も掴まれていた。
「ランディ、そなたの動きには無駄が多い」
のしかかられた上から声がした。
「それに正直過ぎる……それを否定してしまう気はないが」
握りしめられた手首がひどく痛い。思った以上に彼の指の力は強い。ランディは思わず「うっ」と唸った。
「これでは、あっさりやられてしまう」
やっと戒めが解かれた。剣も引かれた。ランディが体を起こしたときには、彼は再び噴水の縁に座ってこちらを見ていた。
「……こんなやり方はないです、ジュリアス様」低く呻くようにランディは文句を言った。「まさかひっくり返されるだなんて思いませんでした」
「私はそれほど力が強くないのでな」ランディの抗議をあっさり受け流して彼は言った。「そなたと体重差もそれほどないであろうし、うまくやればそなたが私を押し倒すぐらいは何でもないと思うが」
「……そんなのは卑怯です!」
カッとしてランディは叫んだ。だが彼は冷静なままだった。
「おかしなことを」こともなげに彼は言った。「では、巷でこういうことになった場合、正々堂々と戦ってくれる者がいるとでも言うのか?」
「そ、それは……!」
彼は縁から立ち上がると、体を起こしたもののまだ地面に座り込んだままのランディを見下ろし、いつもの執務時の厳しさとは異なる冷たさを含んで言った。
「今日はここまでだ。明日の夜、また来るがよい」
作品名:SOUVENIR<スーヴニール> 作家名:飛空都市の八月