SOUVENIR<スーヴニール>
相変わらずランディがジュリアスにねじ伏せられて憤懣やるせないまま帰ろうとしたとき、思いもかけぬ人物が声をかけた。
「あれが剣を持つとはな……」
闇の守護聖クラヴィスだった。彼が夜、聖地を歩き回っていても不思議ではないが、わざわざ光の守護聖の館近くまで来るのは珍しいことと言えた。
「……どういうことですか?」
いつも意味ありげに言葉を発するのはクラヴィスの悪い癖だが、ランディは興味を覚えずにはいられなかった。
クラヴィスはふっと笑みを浮かべると、ポツリと言った。
「最後ぐらい、役に立ってみるか」
「……最後?」
それにも答えず、クラヴィスは話し始めた。
まだ、オスカーが聖地に召されていないころ、クラヴィスやジュリアスも星の視察に向かうことがあった。もっとも、光と闇の守護聖が同時に行くということはほとんどなかった。彼らは星の根本を司るのだし、一斉に聖地を抜けるということはなかったのだが、そのときたまたま別の星へ行って、立ち寄ったところが同じ星だった。
それはお互いに守護聖の長い経験から得た“カン”が呼んだことだった。聖地と星々とでは時間の流れが異なり、聖地では気づかれることがなくても、星々ではあっという間に状況が変わって大変なことが起こることも多々ある。
実際、不穏な空気に満ちあふれたその星の住人は荒みきっていた。当然、ちょっとしたことで争いが始まる。普段は揉めることが多い二人も、ここでは割り切って仲良く身を潜めていたものの、いわば“ヨソ者”である彼らはすぐに住人たちの格好の的になってしまった。
「ジュリアスは当時の炎の守護聖から剣の指南を受けていたので、私を庇うように立つと、剣を抜いた。もともとあれもおまえほどではないにしろ血気盛んな質だからな」
くすりとクラヴィスは笑った。
「ジュリアス様が?」冷静に執務をこなしていくジュリアスしか知らないランディは意外そうに尋ねた。「……ジュリアス様はクラヴィス様のこと以外は落ちついていらっしゃると……」
相変わらずの正直者ぶりにクラヴィスはさもおかしそうに声を出して笑った。クラヴィスの笑い声こそ聞いたことのないランディは、驚いてクラヴィスの顔をまじまじと見た。
「私が笑うのがそんなに珍しいか……?」
「あの……はい」
クラヴィスは苦笑した。
「まあいい……とにかく、あれは日頃の鍛錬を試す格好の機会だと思ったらしい。実際、あれは強かった。決して殺したりせず、相手の武器を手放すよう腕などを切る程度に抑えるという技量を持っていた。だが」
クラヴィスは、その街灯の光をも溶かし込むほどの深い紫の瞳をランディに据えた。
「……あれは……あのことは仕方なかったのだ」
ランディは続きを待った。
「そのとき、私も同じく戦わざるを得なかった。サクリアを発している間もないほど次から次へと荒れた人々は我らに襲いかかってきていたが、私がその中の一人で屈強な男に抑え込まれた」
クラヴィスはランディから視線を外した。
「私はサクリアを発することを決意した。だが私のサクリアは場合によっては周囲の者も含め、人を死に至らしめる」
自嘲するようにクラヴィスは言った。そうだった。闇のサクリアは人々にやすらぎをもたらす。だが、一歩使い方を間違えば、人々に永遠のやすらぎを与えてしまう。
「それを察知したジュリアスは迷わず男に剣を突き立てた。人々に生きる気力を与えるべき光の守護聖が、人を殺したのだ。周囲の者たちを守るためとはいえ」
衝撃を受けているランディとは裏腹にクラヴィスは再び穏やかな笑みを浮かべた。
「あれは以降、剣を持たない……今日まではな」
「では何故俺に……?」
ランディは思わず声を上げた。
「……夜だ。静かにするがいい」
クラヴィスはランディの横をすり抜けると、ジュリアスの館へ入って行った。ランディは呆然として、その姿を見送った。
作品名:SOUVENIR<スーヴニール> 作家名:飛空都市の八月